「…よかったの?面倒なのに」
朝からボーッとしていた私を見兼ねてか、奏太が車に乗せてくれた。
聞いてみるものの返事はなく、向けていた視線を前へ戻す。
「奏太が優しいの、珍しいね…」
独り言のつもりだったのだけれど、笑われたような気がした。
「え?」
赤信号で車が停車すると、無言で渡される手鏡。
「顔が白すぎる」
「…血色悪いって奏太がそう言うから」
顔色が悪い自覚はあった。
あらゆる手を尽くした結果が朝の状態なのだ。
言われなくてもわかっていたが、その時点で指摘されると反論する気にもならない。
そのあと鏡の前に居座って修正したものの、どうやら気にかけすぎたようで。
「…そんなにひどい?」
「……」
視線を向ければ顔を背けられ、車を発進させた。
「許容範囲、だよね…」
角度を変えながら、手鏡で確認する。
「奏太が言わなきゃ直さなかったのに」
「俺のせいかよ」
「そうじゃないけど…」
「別に悪いとは言ってない」
「……」
「…悪くない?」
「……」
「そんなに悪くない?」
「言って欲しいだけだろ」
「……」
「普通に好き」
「…なにそれ」
想像を超えた唐突な発言に、目を向けられず。
窓の外へ視線を移し、表情を悟られないよう顔を逸らすのだけれど。
「その程度で照れるのかよ」
照れてない、なんて咄嗟に反論すら出来ず、窓に額を押し付ける。
「何か食べたいものない?」
「…え」
そんな質問に顔を向けると、職場の前に車が停められたところだった。
「食べたいもの…」
「何でもいい」
「…連れてってくれるの?」
「考えておいて」
「…わかった」
助手席の扉を開けると同時に、背後から名前を呼ばれる。
スーツの胸ポケットから取り出された、開封済みの薬箱。
「送ってくれてありがとう。夜、楽しみにしてる」
そう言うと、奏太は一度頷いた。
今日は少し、頑張れそうな気がした。