「愛香さん」
席へ戻る前に声を掛けられた。
「荷物…」
彼は私のカバンを手に、眉をひそめた。
「顔色悪すぎません?」
「…ずっと待っていたんですか?」
「あぁ…忘れてったから」
「ありがとうございます…」
「あの…大丈夫ですか?」
「はい、何でもないです」
「顔面蒼白ですけど」
「もともとです」
「そうかなぁ…」
「席に戻らないと」
「…あの、ずっと気になってるんですけど」
「はい」
「さっきからどうして私と話を?」
「え?」
「いや、なんでかなって単純に疑問で」
「なんでかな…わかりません」
「え?」
「辞めてしまうって聞いて、話しておきたいなと思っただけです」
「…それで今日はずっと?」
「あぁ…はい。迷惑がられているのは気づいていましたけど」
「…そうなんですね」
「ま、実を言うと入社した時に一目惚れしたってのが理由です」
「…なにそれ」
「本当ですよ。でも、既婚だって知ってちゃんと諦めました、そのときは」
「それ、何年前の話ですか?」
「わかりません、でも入社した時からです」
「そうなんですか…」
「相手がいて結婚していたらもうどうもできないでしょう?ただの憧れでしたけど、辞めるとなると寂しくて ちょっと話し掛けてみた…そんな具合です」
「酔って言い寄ってるだけかと思った」
「はは、すみません」
そういうことなら、しつこい訳もわかる。
「迷惑でした?」
「はい、とても」
「正直だなぁ」
「でも、ちょっと楽しかったです」
「でしょう?」
よくわからない自信があるのだなぁ、と少し笑えた。
きっとこの先同じように会話をすることはないだろう。偶然どこかで会わない限り。
そう思うと、それはそれで寂しいかな、と思った。


