同僚の側で過ごした残りの時間はそれなりに居心地が良く、『寂しい』と泣いてしまう後輩は 可愛かった。

ここでようやく、本当に辞めるのだと自覚した気がした。



「私はいいかも…」


「何言ってるんですか!?主役なんですから」



お開きになったと思いきや、当然のように二次会は用意されていた。


退職するのは自分を含めて三人なので、一人抜けたところで、と思ったけれど。




抜ける理由を考える方が難しい。







「トイレに抜けたと思ったら戻ってこないなんて」


次の店に着くとすぐに、隣の席は埋まった。

同時に耳元で囁かれ、思わず変な声が出た。


「酷いじゃないですか」


「…ごめんなさい」


「謝ってほしいわけじゃないですけど」


それまで話していた後輩がなぜか空気を読み、離れてしまう。


「ドリンク、何にします?」


「…後で決めるから大丈夫です」



彼がこんなに話を持ち掛けてくる理由がわからず、無意識に距離を取った。


それでも数分後にはそんな距離など存在しない。





「…あの、ちょっと近くないですか?」


「あ、すいません」



前の店で相当飲んでいるようで、匂いは強さを増していた。


側にいるだけで酔いそうなくらいだ。




「愛香さん」


「あ、はい」




正直 この状況で他の誰かに声を掛けられることは都合が良かった。救世主だと思った。


けれど顔を上げ、息が詰まったような気がした。




「辞めてしまうの?残念です」


グラスを手に眉を下げた彼女は、目元に掛かった巻き髪を指先で払った。


会社の人は私の体調不良に理解があったが、この人だけは話が違った。


休養中に有りもしない噂を社内に流されたこともあった。

それも数年前の話だが、退職を決めた理由はほかにもあったのだ。

幸い関わることは殆ど無かったが、目をつけられた同僚も知っている。

女性の人間関係は、どこへ行ってもそんなものなのだろうか。



「退職理由はやはり妊娠?」


「いえ、違います」


「そう。そろそろかなぁと思ってたんだけど」


「理由は全く別のことで…」


「そうなのね。なんだ、安心した」



悪気がないように思える表情だけれど、嫌味だということは知っていた。


そういうつもりでわざわざ言いに来たのだ。


最後くらいは放っておいて欲しかった。




「次の職場でも頑張ってね」


もう関係はないけれど。


「ありがとうございます」