「お疲れ」
耳元で囁く声に顔を上げると、松山が隣に腰を下ろした。
「お疲れさま。どうしたの?」
「今日、永菜ちゃんに会ったか?」
「朝見に行ったけど…何かあったの?」
「いや、そういう訳じゃない」
心なしか険しい顔をしている松山に、嫌な予感がするのだけれど。
「今病室の前を通ったんだけど、泣いている声が聞こえた」
「永菜が?」
「気のせいかもしれない。ただ、状況を考えればあり得る話だろ」
「うん、それはもちろん」
「声を掛けるべきかどうか、悩んで結局戻ってきてしまった…」
…と、項垂れる松山に思わず苦笑する。
何の話かと思えば、そういう訳か。
「頼りないな」
「俺の励ましは煩わしいよ」
「そうか?」
「結果的に無理をさせるような気がする」
…というのは、少しばかり納得がいった。
『大丈夫だ』と言うに違いない。
「言われなくても見に行くつもりだった」
「そうか、それならいいんだけど」
「定期的に行くと怒られるからな。"わざわざお仕事抜けて来ないで"って」
「はは、そうだろうね」
「今日は特別かな」
普段なら病室に様子を見に行くことなどしないが、手術を控えた前夜だから特別だ。
「明日は今のところ予定通り。手術の前にでも咲の顔を見せてあげられたらいいんだけど」
「できるだけそうはしたいけどね。どうなるかわからないけど」
可能性は五分五分ってところだろうか。
「じゃ、いろいろ頼む」
と、松山はその場を去って行った。