「今日はありがとう」
陽は先に待合室へ戻り、少しの間診察室へ残った。
「いや、いいよ。全然構わない」
「配慮とか…、見てて分かったよ」
「そうか?」
詰めすぎない陽との距離や、問いかけはしない一方的な会話。
怪我の程度を診るときであっても、彼はしかめた顔をしなかった。
最終的には互いの子どもの話になり、陽の気持ちに余裕ができていることは見ていただけでもよくわかった。
「実は俺の嫁も似たような時期があってさ」
「あぁ…それで」
「だから、2人の気持ちはわかる」
「…ありがとう。こんなときだから助かった」
「役に立てたのなら良かったよ」
彼に改めてお礼を伝えて診察室を出ると、待合室には陽の姿があった。
「問題なくて良かったな」
「ちょっと大袈裟、骨折したみたいだもん」
「はは、見た目はな」
不安と極度の緊張から解放された陽は、安心できるいつもの表情だ。
「午後から仕事だから一回家に送るよ」
「…いいの?」
「結を引き取って帰るか?」
「そうしたい」
「よし、じゃあ決まり」
帰り道、繋いだ手はいつもと違う。
俺の右手と陽の左手。
こんなのも、新鮮でちょっといいのかもしれない。