高熱に魘される夜は、眠りが浅くなる。
高熱のせいで頭と全身の痛みは酷くなり、上半身を起こしている方が楽に呼吸ができた。
そんな今夜は真っ暗な病室で、看護師の陸くんが背中をさすってくれる。
夜中痛みに耐えきれず、ナースコールを押してしまった。
冷却シートを持って駆けつけてくれた陸くんの、いつもと変わらない穏やかな声。
心做しか痛みも軽減するような気がする。
「季蛍さん、吐き気はあります?」
「ううん、ない」
「そうですか。良かった」
陸くんの優しい手のひらが、何度も背中を往復する。
「陸くん」
「はい」
「手間かけてごめんね」
「いいえ。そんなことは思ってません」
「そう言えば、今日は蒼先生が病室に来てましたね」
「着替え届けに…、少しだけだったけど」
「蒼先生に撫でてもらったら、コロンって眠っちゃうんじゃないですか?」
「…ふふ。陸くんで十分だよ」
「まさか。僕のこんな手じゃムリですよ」
「ううん、誰もいないよりずっといいの」
激痛だって、陸くんと話している間だけは忘れていられるような気がする。
「陸くんは彼女さんいないの?」
「…唐突ですね」
「陸くんは暖かい人だもん。彼女さんは幸せだね」
「だといいけど、自信ないです。サプライズ、僕苦手だし」
「ふふ、サプライズする必要なんてないでしょ?」
「女の人は好きですよね?」
「そうかな」
サプライズしとけばいいってもんじゃないけれど、陸くんのちょっとズレた感覚が可愛らしい。
「初デートって覚えてますか?」
「うーん、ちょっとだけ」
"ちょっとだけ"
なんて言いつつ、思い出せば全部覚えてる。
行った場所も、会話も、あの時の雰囲気も。
手なんて繋げるわけなくて、もどかしかった学生の頃。
あれは何年前だっけ。
学校の帰りだったっけ。
あの頃はまだ気が付かなかった、本当の体の弱さ。
いろんなことを思い出しているうちに、気がつけば頬に一粒涙が零れていた。
「季蛍さん?」
異変を感じた陸くんが、手を止めて声を掛けてくる。
「いたい…」
感情に沿わない言葉が零れると、涙が溢れて止まらなくなった。
陸くんがナースコールを押すのがボヤけて見える。