……さん





……………季蛍さん






意識が戻る中で、誰かが私の名前を呼ぶ。



「おはようございます」


目を開くと、そこには見慣れた看護師の顔。






「お食事、持ってきました」


私が入院すると、よく食事を運んでくれる彼。


お願いしたからだけれど、唯一私を「さん」付けで呼ぶ看護師。






「食べないと、また言われちゃいますよ?」


両手の人差し指を角に見立ててニヤニヤ笑っている。





高島先生か蒼のことを言っているのだろう。





笑わせてくれる明るい性格には、今までの入院生活で何度も救われてきた。









「陸くん、今いらない…」


「季蛍さん…?それ、今朝も聞きました」


「食べたくないの」


「フルーツくらいなら…いけます?」


「ううん、いけない」


「…はは」






苦笑した彼は、お盆をテーブルに乗せる。



「一応置いておきますね」


「…食べないもん、下げてください」


「じゃあ、お水ひとくちでも」


「……らない」


「…。報告してもいいんですね?」


「…だって食べれないもん」






"自分で食べたい" そんな気持ちはあるんだけれど。





体が全く受け付けてくれなくて、軽い吐き気が起こる。




だから"食べない"選択肢しか選べない。




『食べれないもん』

そう言ったら悔しくなって、布団に埋もれて目を瞑った。







こうなりたくてなったわけじゃない。