帰宅時間と雨の降り始めが重なっていた。
傘を差すほどでもなく、パラパラとした雨粒を肌に受けたあと鍵を開ける。
扉を開けてすぐ、洗面所から水の音が聞こえていることに気がついた。
「ただいま」
洗面所を覗いてみると、洗面台にもたれかかる季蛍を支えるように愛優が突っ立っていて。
「あ、帰ってきた…良かった」
安堵の声を漏らし、季蛍の背中を擦る。
「愛優、代わるよ」
「も、遅い…」
「ごめん。助かった」
「見てるだけでつらかった」
「ずっとこんな感じ?」
「うん、もう15分くらい」
「そ、ありがとう」
「…大丈夫だよね?」
洗面所を出て行く愛優に頷き、季蛍の背中に手を当てる。
「吐いた?」
顔を覗きこむ前に、蛇口が捻られた。
水が止まり、顔が上がる。
「港くんに言ってない…?」
震える声で聞いてくる季蛍の目には、うっすら涙が浮かんでいる。
「港に?言ってないよ」
「なんにも言ってない…?」
「体調不良だとは伝えたけど、もうわかってるみたいだよ」
「港くんに聞かれたの?」
「明日出勤するか聞かれたから。嘘つけないし」
唇をきゅっと結び、眉を寄せる季蛍の目からぽろりと涙がこぼれた。
「気持ちはわかるんだけどさ」
「…うん、嘘つけないのもわかってる…」
「病院行ったんだよね?」
「うん…吐き気止めもらってきた」
「えらい」
髪を撫でると、潤んだ目で瞬きを繰り返した。