『ちょっと…っ、俺ちょっと行ってくる…っ!』
肩に手を置かれ、距離を離されたあの時の脱力感。
一年も付き合っている彼氏にあの扱い。
…
「いやー流石にね。この私でもそこそこ傷付きマシタ。」
「それは…その、悪い…。三谷にも説教食らった。」
だろうね!!
彼氏の友人に苦笑しつつ、和穂は眉を八の字にした。
あののほほんキャラの三谷君が説教なんて本当に珍しい。
「いやー、本当にねー、もうちょっとね、拒否したいならそれなりの拒否の仕方というものが……」
「っ、違うっ!別に拒否なんかじゃ…っってか、その、嫌なわけじゃねぇ…っ!」
八重歯を覗かせて張り詰めるように、必死に言葉を紡ぐ誠太に和穂はキョトンと目を丸める。
「…ほう。」
実のところ、彼の態度で嫌われてはいないだろうとは経験上、理解はしていた。
多分キスも、その行為自体に嫌悪感があるとかそんなおおそれた事ではなく、簡単に言えば恥ずかしいからだろうと、ちゃんと分かっている。
とんだ恋愛音痴なのだ、彼は。
告白すら奇跡。まさに偶然が重なって、勝手に勘違いして、慌てて、切羽詰まって、ついでに面白がった友人に騙されて、やっとのこと行動に移してくれたらしい。(三谷君談。)
そんな彼の内にひしめく葛藤を理解しつつ、意地悪であえて聞いてみる。
「嫌じゃなかったんだ?」
「…ああ。」
「ふーん、じゃあなんで?」
首を傾げて、
困ったように誠太の瞳を覗き込んで。
う…っ、と言葉を詰まらせた誠太に、いつの間にか離れていた距離をぐっと縮めて近付く。
「………し、」
「し?」
「……………死んじまうと思って…。」
誠太は左腕で伏せた赤い顔を更に隠し、右手で制服のワイシャツの、ちょうど心臓部分をシワシワになるまでギュッと握り締めた。
赤く染まった耳。
泣きだしそうに寄せられた眉。
隠れるみたいにグッと丸めた手足。
心臓止まる…。と小声で呟きながら震える唇を手の甲で隠す誠太に、ぱーーんと和穂の理性は飛び散った。
「うん。じゃあ、いただきます。」
「はぁ?!なっ、ちょっ、いきなり…っ、…ち、ちょっと待っ…!」
「待ったナシ。」
「止まれこの変態…っ!」
「大丈夫、本で勉強してきたから。」
「本って…、おい、お前の愛読書はぶっ飛び過ぎてて話になんねぇだろうがぁ!!」


