キンモクセイ(仮)

虚しくもコール音だけが、耳を通過する。
家事をしていて気付いていないだけか、わかってて出ないのか。
あまり目の前の人を待たせても良くないと思い、電話を切る。
こうなったら家に帰って聞くしかない。

「あの、何かの間違いだと思いますので、大変申し訳ありませんがお引き取り頂けないでしょうか?」
「間違いはございませんよ。契約書もこちらにございますので」

笑顔で内ポケットにしまっていた契約書を私に差し出してきた。
契約者の欄に母の字で、印鑑まで押されている。
場所は今いるマンションの住所が記載されている。
ああ…これは事実なんだ。
しかも契約破棄しようとしても、お母さんじゃないと出来ないやつじゃん。
でも、事実だからといって、絶対にお支払い滞るよ?
うう…消費者金融へ手を伸ばすしかないのかな?
前に職場で、やっと完済したんだよー!もう負のスパイラルからの解放!嬉しすぎるー!と騒いでた先輩がいたなぁ。
そんな話聞いたら本当なら嫌だけど、近い将来手を伸ばすしか仕方なくなっちゃうかも…。

「私が言うのも何ですが、契約のお話などをさせて頂いた方が宜しいと思いますので、坂下様のお部屋に行きませんか?」

坂下様の疑問点もお話できると思いますので…なんて言われたら、ついていくしかない。
都会の一流企業のロビーの様なエントランスを通り抜け、エレベーターの15階のボタンを押す瞳人の後姿を呆然と見ていた。