あのやり取りから1か月後。

「ただいまー」

いつものように玄関のドアを開けると、母がそこに待ち構えていた。
家事の途中で廊下を通り過ぎようとしているならわかる。
だが、完全にこれは待ち伏せだ。

「どうしたの?珍しいね。
 あ、何か買い忘れがあったとか?」
「違うわよ、来春を待ってたの。
 はい、これ」

母が私の手に何かを握らせた。
手の中にあるものは、鈍色に光っている。

「え、鍵?家の鍵を変えたの??
 それならそうと…」
「それは、これから貴方の家になるところの鍵よ」

…は?
私の家はここしかないでしょ?
何を言い出しているんだ、この親は。
しかめっ面をしている私にわかりやすく、そして最後通告を突き付けた。

「もう貴方も30歳手前。
 そんな娘が家事のひとつもできないなんて、お嫁に恥ずかしくて出せないわ。
 だから、ひとりで身の回りのことができるようになるまで、一人暮らしをしなさい」
「そ、そんないきなりひとりなんて無理だよ!
 それに家にいて手伝いすればいい話なんじゃ…」

何とかして家にいたい。
ひとりでなんていたら、絶対に怖い目にまたあう…。
あの時の恐怖が少しずつ甦ってくる。

「でも、もう貴方の荷物は全部あっちに運んじゃったし。
 手続きとかも全て終わっちゃってるのよー。
 だから、諦めて家から出ていきなさい」

久しぶりにみた満面の笑みの母の顔は、私にとって悪魔にしか見えなかった。