「わざわざ迎えに来ていただいて、すみませんでした」
「なに言ってんだよ。それ、こっちのセリフ」
チャイムを鳴らしたのは、兄だった。
どうやらわたしがお風呂に入っているあいだ
ルーカスさんが連絡してくれたらしい。
兄が持ってきてくれた私服に着替えて
リビングに向かうと、ルーカスさんが茶器を持って
「麻友子さんも、よかったら」と、もう一度紅茶を勧めれてくれたけれど
もう飲む気にはなれなくて
「いえ…、だいじょうぶです」と首を横に振ってしまった。
「あまり長居してもあれだし、そろそろ帰るわ。麻友子、忘れもんないよな?」
「うん…」
「じゃ、また会社でな」
「はい。三澤さん、麻友子さん、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
最初に聞いた時とは違った発音が耳に触れて
いっそう悲しくなった。
わたしだけが、おやすみなさい。と消え入りそうな声でつぶやいて
ここに来た時の服と借りたパジャマが詰まった紙袋を手に
ルーカスさんの部屋を後にした。