駅から数分で着いた会社は予想よりも大きく
ロビーを行き来する人々の話し声が、さざ波のように繰り返し広がっていた。
兄に言われた通り、受付で要件を告げると
「お伺いしております」と感じのいい笑顔で入館証を手渡された。
エレベーターに乗り込むと、ちらりとわたしを好奇の目で見る人は居たものの
それは一瞬で、それぞれの思考の方に散らばっていったようだった。
受付で説明された兄が居るはずのフロアの場所を
頭の中で反芻しながらエレベーターを降りると、すぐに「麻友子っ!」と耳に馴染む声が、わたしを呼ぶ。
「ごめんな、本当はロビーまで迎えに行くべきなのに…」
「ううん。さっきまでお客さんの対応してたんでしょう。それは電話で聞いてたし、仕方ないよ」
そう言って書類の入った茶封筒を渡すと、兄は封筒の中身にサッと目を通して
「さんきゅ。ばっちり!」と歯を見せた。