沙也加は日曜の出来事を全て卓也に伝えた。ベンチに隣同士で座っているので卓也の表情がわからなかった。沙也加は恐る恐る卓也に視線を向けた。それは無表情という言葉でしか表せない表情をしていた。全ての感情が失われた、そうまるで機械のような表情だった。卓也はスッと立ち上がり『ありがとう』そう言って公園を後にした。

翌朝、卓也はいつも通り、ひまわり園に出勤した。すぐさま、園児たちが卓也の異変に気付く。

『卓ちゃん、ポンポン痛いの?』

園児たちが卓也を心配する。園児たちには、卓也の無表情が悲しげな表情に見えるようだ。
保護者たちも『体調悪いの?』などと心配の声が上がる。卓也は出来る限り感情を殺し、仕事に勤めた。そうでないと、今すぐ東京に走って行って、その男を殺してしまいそうだった。別れた男に出来る事など何も無い。それに、卓也には夢がある。この子供達を幸せにする事だ。自分に出来る事など何もない。

そんな態度で一週間が過ぎようとしていた。

それを見かねた園長の歩美が声をかける。

『西条くん。どうかしましたか?』

『いえ。何も。』

卓也は小さく答えた。そんな卓也に歩美は優しく言った。

『大切な物はなんですか?』

『え?』

『貴方が本当に大切にしたい物はなんですか?』

『園児たちです。僕にはそれしかない。』

『それだけですか?』

『それだけです。何かを成し遂げるには犠牲は付きものでしょ。』

卓也は坦々と答える。歩美は変わらず優しい眼差しでうんうんと、頷いた。

『誰かの犠牲の上で成り立つ幸せは偽物です。それは他人であり自分であり同じ事です。』

卓也は、自分を犠牲にしている事を言われている事に気付く。

『でも…』

『貴方の中で答えを出しなさい。世の中の常識は弱き者の多数決でしかありません。貴方の心に恥じない決断をしなさい。』

卓也はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。心に火が灯る。


『明日、休みを下さい。』



『何を言ってるんですか?まだ、6時ですよ。今から行きなさい!』

『ハハ、敵わねえや…』

卓也がフフッと笑うと歩美の背後から人影が現れた。

『私も行く。』

沙也加だ。

『お前…、ちっ、そういう事か。』

卓也は頭を掻いた。

沙也加は歩美に頭を下げて卓也と教室を後にした。