高3の秋頃だった。山の木々が黄金色に変わりかけている最中、卓也と久美の関係にも変化が起こっていた。2人の愛は本物だと疑う事はなかった。この幸せに終わりなんてない。そう2人は信じていた。

『はぁ?』

喫茶店で卓也が驚きの声を上げた。突然の発声に周りの客が卓也に視線送る。卓也は周りにペコッと頭を下げて、正面に座る久美に問いかける。

『東京?』

卓也が理解できない表情で言う。久美がいきなり東京の大学に行くと言いだしたのだ。卓也たちが住む町から東京まで、新幹線で3時間はかかる。簡単に会いに行ける距離では無かった。

『なんで東京なんだよ?』

『もっと経験を積みたい。色んな経験を積んで、みんなを幸せにしたい。』

『そんなのここでも出来るだろ。』

『ここには、卓也がいるもん。甘えちゃうよ。』

確かに久美の言う通りだった。久美は世間知らずのお嬢様体質で、何かとトラブルに巻き込まれやすい。ついこの前も、おじさんに道を尋ねられた時に、財布を落としたので電車賃を貸して欲しいと言われ、1万円を貸したきりだった。久美は今だに返してくれると信じている。それ以外にも、久美の知らない所で、卓也が何度もトラブルを片付けていた。
それもあって卓也は久美の東京行きを拒んだ。でも、久美の意思は固い。こうと決めたらテコでも動かない事は、この3年で痛いほど知っていた。

『考え直せ。お前に東京は無理だって。』

『嫌だ。行くもん。』

卓也はそんな久美に痺れを切らせた。

『わかった。行けば良い。その代わり別れる。』

卓也は、久美を思い止まらせる為に嘘をついた。しかし、久美は売り言葉に買い言葉で、意地を張ってしまう。

『わかった。別れる。』