「一輝、この女をなんとかして!」


新田係長が一輝に助けを求め激しく抵抗するが、その体を更に強い力で押さえ付け、一輝を凝視した。


「新田係長が、父さんの作ったお弁当を……」


悪いのは私じゃなく新田係長なんだと言いたかった。けど、涙で言葉にならない。それでも一輝には私が何が言いたいのか分かった様で、彼の視線が玄関に向けられる。


無言で立ち竦んでいる一輝を見て、どうしてこんな状況になったのか、理解してくれたと思った。


けど―――


「……綾から離れろ」

「えっ?」


一輝の口から出た言葉は、無情な一言だった。


「ホタル―――何しに来た?」

「一輝……」

「ったく……ホタルに来てくれなんて頼んでねぇだろ?調子悪くて寝てるのに、ギャアギャアうるさいんだよ」


今、目の前に立ち、付き放す様な言葉を吐いてる彼は、本当にあの優し笑顔を見せてくれてた一輝と同一人物なんだろうか……


呆然としてる私の体を押し、一輝が新田係長を抱き起こす。


これが一輝の答え―――彼の気持ちがハッキリ分かり、大粒の涙が一筋、ポロリと零れ落ちる。


その時、玄関のドアが開き、父親が往診を頼んでいた診療所の先生が現れた。


「おいおい、なんだ~この玄関は?食べ物を粗末にしちゃいかんだろ?あれ?蛍子ちゃん、泣いてるのか?どうした?」


この場の空気を全く読めてない先生が私の顔を覗き込む。堪らず先生から目を逸らし、部屋を飛び出した。


もう、終わりだ……何もかも、終わったんだ……


そう心の中で叫びながら絶望の暗闇の中を駆け抜けた。