うそ……でしょ?たとえ班の部下でも、自分の大事な顧客を譲るなんて有り得ない。それも、新田係長が私に……


俄かには信じられず答えに困っていると、新田係長が私の手にメモを握らせニッコリ笑う。


「会社名と常務の連絡先よ。すぐにアポを取って会いに行ってらっしゃい」

「あ、はい……有難う御座います」


私は新田係長の事を誤解してたのかもしれない。そう、勝手に恋敵だと思って彼女を毛嫌いしてたんだ。本当の新田係長は部下思いの優しい人。


だから、一輝も好きになったんだよね……


メモを握り締め顔を上げると、こっちを向いていた一輝と目が合った。縋る様な目で彼を凝視するが、すぐに視線を逸らされる。


一輝……本当にもう私の事嫌いになったの?


今すぐにでも彼の元に駆け寄り問い詰めたいという衝動に駆られた。でも、それを必死で堪え自分のデスク戻ると、楓ちゃんが新田係長から手渡されたメモを覗き込み「良かったですね」って、まるで自分の事の様に喜んでくれた。


「宮川商事って、結構メジャーなメーカーじゃないですか!早く電話してアポ取った方がいいですよ」


楓ちゃんの声を聞き、前の席の奥田主任が顔を上げた。そして、何か言いたげな表情で私を見つめる。


「あ、何か?」

「いや……なんでもない」


楓ちゃんと顔を見合わせ首を傾げると、早速、メモに書かれてある携帯の番号に電話する。


電話に出た宮川商事の山本常務は、新田係長が言ってた通り、全てを把握している様で、すぐにでも契約してくれそうな口ぶりだった。


『今日は午後から重要な会議の予定が入っているから、それが終わった後……そうだな、午後8時に赤坂のライジングホテルの1階ロビーに来てくれますか?』