私の体を放し、立ち上がった一輝が背を向ける。


「あの……一輝……」

「少しは大人になったと思ってたが……ホタルはあの頃と全然変わってないな。自分勝手で人の気持ちを全く分かろうとしない」

「それは……」

「もうお前は、俺の手には負えないよ」


振り返った一輝は、愛情の欠片もない冷たい目をしていた。


「あ……」

「ホタルはこの家に残れ。マンションには来なくていい」


静かに閉まったドア。出て行った一輝を追いかけ部屋を飛び出すが、既に廊下に彼の姿はなく、隣の一輝の部屋のドアには鍵が掛っていた。


ドアの前で蹲(うずくま)り「違う……違う」と言い続けるが、閉じられたドアが開く事はなかった。


今まで一輝をあんなに拒絶してきたのに、失ったと分かったとたん強烈な喪失感で心が押し潰されそうになる。


全て身から出た錆。一輝を信じることが出来なかった私への罰。


それでも私はまだ、期待していた。明日になれば一輝の機嫌が直って、また優しい笑顔を見せてくれるんじゃないかって……


でも、その微かな期待は、翌朝、何度ノックしても返事のないドアを開けた瞬間、木端微塵に砕け散った。


そこには既に彼の荷物はなく、ガランとした空間が広がっていたんだ。


「本気だったんだね……一輝」


彼の香が残るベットに突っ伏し、声を殺して泣く。


あの時と同じだ……10年前も一輝は、私が目覚める前にコッソリこの家を出て行った。


私は、2度も大切な人を手放してしまったんだ……