「いきなり何!?」

その男を睨み付けて私は怒鳴る。
会って早々抱きつかれるなんて。


「ご、ごめん睦月‥‥。」

しゅん、としてしまった彼は子犬のようだ。


「‥‥どうして私の名前を知ってるの。」

如月先輩もそうだが、私ってそんなに有名(?)なのか?

特待生が殆どいないということは知っている。
けれど、いちいち特待生の名前まで調べるだろうか。


「どうして、‥‥って。僕は睦月の、」

そこまで言ったところで、彼の言葉は如月先輩に遮られる。


「薫。」

「‥‥そうだった。ごめんなさい。」


‥‥?
訳がわからない。


「私、貴方の何?」

初対面の筈なのだ。
声が聞き覚えがあるからと言って知り合いではない、と思う。

「何でも無いよ、僕が君を呼び捨てにしているだけ。嫌?」

「‥‥嫌、ではないけど。」


私がそう言うとさっきまでのしゅんとした表情は何処へやら。
嬉しそうに破顔した。


「薫、とりあえず自己紹介から。」

「‥‥柚木澤薫。演劇部2年。よろしく睦月。」


柚木澤、薫‥‥。
名前を聞いてもピンと来ない。

やっぱり他人の空似だな。



「遊佐睦月です。宜しくお願いします、柚木澤先輩。」


「薫。」


「え?」


「柚木澤先輩は嫌。薫って呼んで。」


‥‥わがまま子犬か。


「薫先輩。」


「やだ。」


「いやでも、先輩ですし。」


「‥‥でもやだ。」


子犬じゃなかった。子供だった。


「先輩を呼び捨てで呼ぶことは私の中では有り得ないことです。幼馴染みでもない限り。」


「僕は睦月の、」

‥‥またこれだ。
『僕は睦月の‥‥。』
私の、何?

分からないのに。
私は何も。


「‥‥わかった、薫先輩で妥協する。」


折れた薫先輩だったが不満らしい。