「ごめん、涼君。
あたしちょっとトイレ」
そう言い残して、あたしはみんなの間を通る。
下を向けば涙がこぼれ落ちそうだったけど、どうしてもこの顔は誰にも見られなくて俯いたまま、部屋を出た。
その時。
ドンッ
誰かの肩にぶつかって、転びそうになる。
目を瞑って、痛みから耐えようと思ったけど、いつまでも痛みが襲うことはなかった。
その代わりに、捕まれた腕が熱い。
あたしはなんとか体制を持ち直し、手が解放されたあと、口を開いた。
「ごめんなさ…
あ…」
そして勢いよく顔を上げれば。
春がいた。
春も外に出てたんだ、なんて呑気な疑問は浮かんでいたけど、
それよりも春の態度が気になった。
だけど、当の春は、さっきと変わらず不機嫌そうに
「ちゃんと前見て歩けよ」
そう言って部屋に吸い込まれるように戻っていった。
…
あはは、
言われちゃった。
もう、笑うしかない。
春はあたしを見ても、表情ひとつ、変わらなかった。
名前まで言ったんだから、あたしだって気付いてたはずだったのに…
捕まれた腕は外気にあたってひんやりとする。
多分、それは錯覚なんだろうけど。

