「お前が神谷英治だな。」

五十嵐が取調室の中に入った。石井と違って緊張感が走る。神谷は違う刑事が現れ眉の間の皺が増え、五十嵐を睨んでいる。どうやら神谷は喋る気がないようだ。五十嵐は神谷の前に置いてある机の椅子に腰を掛けた。
「それじゃ、始めるか。」五十嵐は長期戦になるなと心の中でそっと呟いた。


「五十嵐警部は今中か・・・?」

突然聞こえた声にびっくりする。哉汰はこの人、生きてたのかと内心驚いた。死んだ様に戻ってきた石井はもう息を引き取るかのように寝るのだろうと思っていたからだ。実際石井は五十嵐に声をかけてもらった後に目を閉じた所を哉汰は見た。だから今平然と哉汰の隣に歩いてきた石井に驚きを隠せない。そんな哉汰に石井は言った。〝休憩はもう充分とった。〟と哉汰に笑いかけた。目の下に出来た黒い隈は直ぐには消えないが、さっきまで死んでいた目は今ははっきりとしていた。五十嵐が神谷と対面してから5分程しか経ってないのだ。充分に休憩が取れるはずがない。だが哉汰は思った。精神が弱い石井は今神谷の前ではなくガラス越しにいる。しかも取調室に入って神谷と対面しているのは五十嵐だ。やはり事情聴取をするのと、見ているのとじゃ全然違うのだろう。顔色が良くなっている、気がした。

「五十嵐警部がどうしたんですか?」

哉汰は聞いた。ガラスの向こうを見れば神谷と五十嵐が睨み合っているのが分かる。見たまんまだと石井に伝えれば少し唸り、「五十嵐警部の事情聴取は優しいんだ。」と苦笑し言った。優しいとはどういう事だろうか。哉汰は思わず眉を顰めた。石井は、見ていれば解ると思うよとそう言う。そして哉汰は思う。石井が言ったことは本当だったと。これから見る五十嵐に目が丸くなる事が起きたのだ。


「さっきの奴から聞いてんだろ。話す必要はねぇ。」

五十嵐は神谷に聞いた。清水夫婦を殺したのは何故だと。返ってきた言葉は話す必要がないだ。暫く神谷と五十嵐の睨み合いが続く。だがそれを先に破ったのは意外にも神谷だった。視線を外し神谷は俯いた。そして、「殺ってねぇ。」と呟く。その声は弱々しかった。五十嵐はそんな神谷に驚いた。やはり神谷も疲れてきているらしい。ずっと事情聴取を受けているのだ、心身共に疲れるに決まっている。だがそんな神谷に五十嵐は思ってしまった。本当に神谷は殺ったのかという疑問だ。五十嵐は質問を変えた。

「清水夫婦を殺したのはお前か?」

「違う!!俺じゃねぇ!!」

「うーん、そうか。違うんだな。」

真剣な顔から急に困った顔になり悩み出した五十嵐に、中を見ていた哉汰達は声を上げた。五十嵐と睨み合っていたあの神谷まで五十嵐の呆気なさに目を丸くしている。「ん?どうした?」と神谷に言う五十嵐はもう神谷の事は疑っていないのだろう。哉汰は先程言った石井の言葉をよく理解した。石井は慣れているのか頭を掻きながら苦笑いをしている。初めて見る五十嵐の事情聴取にどんな表情をしていいか分からない哉汰に石井は五十嵐を見ながら言った。
「五十嵐警部の事情聴取は聴いてて内心落ち着かないが、失敗はした事がない。」
五十嵐は心理戦が上手いと石井は言う。五十嵐を見つめるその目は五十嵐を信用していた。哉汰は五十嵐と石井はお互いちゃんと信用し合っているのだと再認識した。五十嵐との方が一緒いた事が多い哉汰は石井の事を話す五十嵐を知っている。それは厳しい話もあったが、石井の事を良く言っている話もよく出ていた。哉汰は石井を見て、口角を上げた。失敗した事がないと石井が言っているのだ。なら信じよう。神谷を見て笑っている五十嵐に視線を戻して哉汰は気を引き締めた。

五十嵐は今まで隙を見せなかった神谷にどうした?と問う。目を丸くして五十嵐を見る神谷に「43の叔父さんがそんな顔しても可愛くねぇぞ。」と五十嵐は豪快に笑った。それに切れた神谷は机を思い切り殴った。バンッ!!と鼓膜が破れそうな程響いた音に流石に無表情になる五十嵐。「話を戻そう」そう言った声は動揺した震えた声ではなく、真っ直ぐと通った低い声音だった。

「清水夫婦を殺したのはお前じゃないと分かった。じゃあ殺したのは誰だ?」

静かに、だが迫力のある声に神谷は押し黙る。五十嵐もその後喋る気は無く神谷が言うのを待った。沈黙がまた続いた。1分、2分と時間はそんなに経ってないが、長く感じる。神谷が喋り出すのを待つ中、ようやく白状したのか神谷は全身の力を抜き喋り出した。

「雇われたんだよ。」

やたら神谷の口調は偉そうだった。