五十嵐と哉汰は取調室の前に来た。五十嵐が扉を開けようとノブに手が触れた時、哉汰の息を飲む音が僅かに聞こえた。それに気づき五十嵐はノブから手を離すとそっと哉汰に話しかけた。

「いいか哉汰。これから見る事情聴取は他言無用だ。いくら被害者のお前でも本当はこの中には入らせないんだが、今回は上に哉汰の事情聴取をする、と話してる。お前から〝昔の記憶を思い出した〟と聞いた。って嘘をついて話を通してるんだ。実際、これから見る事情聴取に何か思い出せるかも知れないからな。・・・哉汰、覚悟はいいか?」

目を合わせ、目を逸らすことは不可能だと五十嵐から伝わってくる。なんとか目を逸らさずにいるが、本当はこの事情聴取がきっかけで何かを思い出すのが怖いと思っている。哉汰は五十嵐に言葉は返さず、大丈夫という意味を込め頷いた。その頷きを確認すれば、再びノブに手がかかる。開く扉が異常にゆっくり開いたように感じた。

哉汰は六年前、石井に発見された。居間にある押入れの隙間に挟まって気を失っていたらしい。直ぐ病院に転送され、目を覚ましたのはいいがその時の記憶、その他家族の記憶までもが哉汰は抜けていた。父と母はまだ生きている頃の記憶はあるものの、兄の記憶は「兄が居たんですか。」と言ってしまうほど抹消されていた。記憶のない幼い子供に事件の話をするのは心が傷んだが、五十嵐と石井は優しく説明した。優しく、と言っても説明された内容は哉汰からしたらとてつもなく残酷で優しくはない内容だ。その言葉を聞いて〝復讐〟を望んだのは紛れもなく哉汰本人なのだが。協力はしているがやはり復讐を辞めさせたいと、何処か思ってしまうのは警察官故なのか、記憶を無くした六年前から父親代わりのように接し、また息子のように哉汰を見てしまっているからなのか。
五十嵐は取調室の扉を開け、自分から先に中へ入った。

取調室に入ると少し狭い細長い部屋が見えた。哉汰は正方形の狭い個室に、扉から直ぐ隣の角と真ん中に机が設置されていて、その真ん中の机にはライトが置いてあって、椅子に座り向かい合っている石井と容疑者の神谷のイメージがあった。だが中に入れば、正方形ではなく長方形。そして知らない警察官が哉汰から見て右の壁を見て眉を顰めている。何を見ているのか。思わず見ていいのかと五十嵐に目をやり確認を取る。目が合った五十嵐は「此処で喋っても向こう側には聞こえない。」だけ言うと見知らぬ警察官の隣に移動し、同じ方向を見だした。
哉汰も続いて五十嵐の隣に移動する。そして同じように目線を向ければ目の前は透明のガラスのようになっており、その奥が透けて見えるようになっていた。見えた景色は先程哉汰が想像していた個室だ。そして更に言うと、哉汰は「お前がやったんだろ!!」「違う!!俺じゃない!!」という刑事ドラマの有りがちなシーンを思い浮かべていた。が、実際の現場は警察官な筈の石井が項垂れており、容疑者である筈の神谷が険しい顔で石井を睨んでいる。哉汰は絶句した。これは今、どういう状況だ?目が点になるって正にこれの事を言うんじゃないか?ガラス越しの状況にただただ目を疑った。
「流石に限界だなぁ。」五十嵐は言った。苦笑いを浮かべているのだろうかと、哉汰は横目で表情を伺えば五十嵐は笑みを浮かべている。その笑みのまま五十嵐は、ガラスの向こう側に繋がるであろう小型マイクを取り出し口元にマイクを持っていった。

「石井、交代だ。」

ガラス越しに五十嵐が喋った言葉が響いているのが分かった。石井は顔を上げ足元をふらつかせながら戻ってきた。石井の表情はそれはもう酷い顔をしていた。余り表現できないが、精神的に追い詰められた犯人みたいな・・・、いや。色々とおかしい。哉汰は何故石井が犯人みたいな言い方しか出来ないのか焦り始める。もう一度石井を見れば、魂が抜けたように意識がない石井の姿があった。
哉汰は目が2度点になった。確かに、石井は精神が弱いと何回も五十嵐から聞いていたがこれ程まで弱いとは想像もしていなかった。そして哉汰は五十嵐が言った〝流石に限界だなぁ〟という言葉に納得した。時刻は13時30分。五十嵐が13時30分までに来いと連絡してきた理由は石井が30分で限界だと予測してたからじゃないか?哉汰は考えた。
「よく頑張ったな。」と石井に声をかけているあたり、俺の考えは間違ってなさそうだ。

「哉汰、光と交代する。お前はそこで見ててくれ。」

五十嵐に言われなくてもそうするつもりだ。哉汰はあくまでも〝事情聴取を受ける側〟としてここにいる。一緒に行く等そこまででしゃばるつもりもなければ邪魔しに行くわけがない。分かってると返せば五十嵐は神谷の取調室の扉を開けた。