五十嵐は哉汰に、取り敢えず間に合ってよかったと、そう伝える。ここで話している時間が惜しい。向かいながら説明する。そう言いながら五十嵐が出てきた扉に手を掛け、中に入れと顎で指した。
この扉の向こう側に入るのは初めてだ。中に入り五十嵐が扉を締めるのを見ると「六年前の事ですか?」と哉汰はこれから話されるであろう内容について聞いた。その質問に対し五十嵐は頷く。〝六年前の容疑者らしい人物〟を捕まえた、と。

六年前。警察署から約800m離れた住宅街で殺人事件が起きた。四人家族で仲のいい夫婦だったらしい。そして夫婦には子供が2人おり、2人は兄弟で、その当時兄が高校二年で弟が小学六年であった。よくある話だが、その家族は近所からも親しまれていて、恨みなど持たれることは無い。近所の方々は皆そう言うのだ。そして、家の中は争った形跡は見えるものの指紋、痕跡がなく未だに犯人は見つかっていない。
その事件を担当したのが五十嵐だった。殺されたのは夫婦で、調査している途中に弟が倒れている所を発見し保護した。兄はその場に居らず、今も行方不明のままだ。
五十嵐は、夫婦殺人事件の担当になってから六年目にしてようやく進展すると、隣を歩く哉汰に目を向けた。
殺人事件で保護された子供。その子供の名は清水哉汰。今隣で真剣な表情し、五十嵐からの話を黙って聞いている青少年がその子供なのだ。
哉汰は親を殺した犯人を捕まえる為、当時から担当の五十嵐警部、その部下の石井光と協力を得て探している。
少しでも情報が入れば連絡をしてくれる五十嵐に哉汰は感謝していた。

五十嵐の話によると、〝容疑者らしい人物〟とされる奴は神谷英治というらしい。神谷が容疑者だと、何故今になって捕まえられたのか訊くと、偶然神谷が六年前の夫婦殺人事件について話している所を部下の石井が通りかかり、話に聞き耳を立てたところ、清水の家に忍び込み殺しに行った。と神谷が話していたと言う。そこで神谷を容疑者として連行したそうだ。
そして今五十嵐が向かっている場所は取調室。もう事情聴取は始まっていてその様子を哉汰に見せようと連絡してきたのだ。今している事情聴取は昨夜からしており、神谷は何回も言うそうだ。〝殺してない〟それの一点張りだと五十嵐はため息をついた。哉汰は自分の目で確かめるしかないなと、これから見れる事情聴取に気を引き締めて行こうと強く拳を握った。

取調室。そう書かれた部屋に五十嵐の部下、石井光は神谷と向き合っていた。神谷と石井の2人の表情は対照的で、石井を睨み割と平然とした顔で事情聴取を受けている神谷とは反対に、石井の表情は物凄く疲れきっていて窶れている。どっちが容疑者なのか分からないくらいな状況になっていた。石井は警察官にしてはとてつもなくメンタルがひどく弱かった。だが警察官には必要不可欠な〝直感力〟を持っている。今回その才能とも言える〝直感〟で神谷を逮捕できたわけだ。偶然、とは言えば確かに偶然かも知れない。〝運もツキも味方にする〟。その偶然も全部引き寄せるのが石井という男なのだ。

取調が始まってから何時間たっただろうか。昨日夕方頃に放火事件が起こり、その調査で住宅街にいた石井。調査が終わり、帰るとなった時。何故か商店街の方に行かなくては行けないと感じたらしい。そしてどうせなら飯を済ませてしまおうと考え飲食店に入り席についたところ、隣にいたのが神谷。神谷は誰かと電話をしていた。隣にいれば自然と声が耳に入って来てしまうもので、聞き耳を立てたところ六年前の話をしていたので石井は逮捕できたと言っている。

昨夜から取調は行われており、石井の精神と体力はガタがきていた。朝食の時に1回休憩が入ったくらいだ。もう石井の思考は神谷からズレ始めている。神谷は殺ってないの一点張り。もうオレ限界・・・。このまま机に伏せて寝てしまえたらどんなに楽か、まで考えては頭を横に振り考えを改め直す。哉汰くんの為だ。それだけを思考にし、また神谷と正面から向き合う。

その時だった。五十嵐の声が取調室に響いた。