今日は夏休み一度の登校日。
 お手伝いがない代わりに学校があるなんて。
 お母さんったらこんな真夏日なのにバス代節約だーって言って……。
 もう、最悪。

 なーんていっても、バスで行くけどねっ。
 私は親不孝者だ。
 でも、暑いんだから仕方ないし、日焼けもしたくないし、汗もかきたくないし、(笑) ばれやしないんだから、いいってことよっ!
 心の中で勝手に解決してしまうのは、私の昔からのクセだ。

 バスの中は意外にも空いていて、席に座ることができた。
 その席は、登校するときに必ず座る、私の特等席。
 なんだか落ち着くんだ。

 バスが出発して5秒も経たないうちに、バスは急に止まった。

 バスが音を鳴らし、入り口が開いた。

「はっ……。間に合った。」

 どこかの黒い学校の制服を着た背が高くて細い男子が入ってきた。
 突然の事で、彼をジーっと見てしまい、目があった。
 目をとっさに逸らしたが間に合わず…、彼は特等席の隣りに座った。

『えー、高校生かな? 私、先輩苦手なのに………。』

 誤魔化すかのように窓の外を見る振りをした。
 話しかけないで!何もありませんように!
 心で祈ってみた。

「あの、怖がらないでくださいよ。」

 釘を打たれたかのように身体全体に鳥肌が立つ。
 祈りが足りなかったのか、もともと祈れたてなかったのか……。
 空気が読めない、純粋な感じがなんとなく誰かさんに似ている…。

「ご、ごめんなさい。」
「気を使わないでください。中3の尋っていいます。」

 突然、自己紹介をしてきた。
 見た目とは違い、彼は私と同い年らしい。
 私はてっきり、『高校一のヤンキーで、滅多に学校に行かないけど気分的に来た〜』みたいな人かと思っていた。

「なーんだ。怖い高校生かと思った。私は愛。よろしくね」
「よろしくおねがいします」

 そんな会話をしているうちに、学校に着いた。
 校長先生の眠たくなるような話は終わり、(若干、寝ていたため)早めに授業も終わった(ように感じた)。
 あと、尋くんは転校生らしく、2学期の授業から受けるらしい。

「では、残りの夏休み、受験に向けてそれぞれで学習を頑張ってください。さようなら」
「「さよならー!!」」

 先生の締めの言葉を合図に一斉に出て行くクラスメイト。
 きっと受験のことなんて考えていないんだろう。
 私だってその『受験のことなんて考えていない』人の一人だ。

『んー、高校どこにしようかなー。私の将来の夢って、何なんだろう。』

「愛さーん!なにボーッとしてるんですかー?」

 後ろから話しかけてきたのは尋だった。
 今日は転校受付するだけだからすぐ帰るって言ってたのに。
 私が不思議そうな顔をしていたのか、なんでこの時間までいるのか教えてくれた。

「俺、今まで歩いて登下校してたから、バスとかイマイチわかんないんですよねー。友だちもいないし、愛に教えてもらえないかなーと思って。いいです?」

 心の中で納得したので、もちろん大きくうなづいた。

 バスの中では、前の学校の話とか転校した理由を教えてもらった。
 特に驚いたのは100m走のタイム!
 なんと、12秒66なんだって……
 愛のタイムは……言えない言えない。

「だからバス、間に合ったんだ!」
「あんなん楽勝ですよ」

 尋くんは得意気に話した。

「転校してきた理由って、捜し物を見つけるためー?みたいなこと言ってたけど。」

 ちょっと、聞いちゃいけないような気がしていたが、話すうちに打ち解けて思っていたことが自然にでた。

「んー、愛さんは知らないと思うんですけど。本を探してるんです。」
「へぇ。好きな作者がいるんだー?芥川太郎とかー?」

 作者といって頭に浮かんだのはテレビの毎週ブックコーナーとかで聞く人の名前。
 実家が古本屋だっていうのにそれくらいしか知らない。

「うん。まぁそういうことです。俺の地元が好きな作者の地元って感じで。その本も、そこで出来たんです。」

 なるほど!そ~いうことかぁ。
 詳しく話を聞くと、その本は世界に一冊しかなくて、皆が欲しがっているらしい。
 噂でこの街にあるって聞いてわざわざ引っ越してきた。
 なんて執着心なんだろー!
 私も、そんなに大切な本を見つけるのを手伝いたい!
 
「私の家、古本屋!」
「本当ですかっ!!?」

 私は、笑顔でうなづいた。

 バスを降り、私の家へ向かった。
 いや、向かおうとしたというのが正しいだろう。
 バス停に、ムスッとした表情の優がいた。

「…遅い。」
「え、優、何してんの!」

 遅いと言われてもなぜ待たれているのかわからない。

「どうしたんですか? あなた、こんなムスッとした顔してると愛さんに嫌われますよ〜。」

 突然、入ってきたのは尋くんだった。

「俺はもともとそーいう顔なんだい!お前こそ、勝手に愛の名前を呼ぶな。」
「はぁ、あなた愛さんの彼氏さんですか。でも、そんなにイライラしてると、愛さんに捨てられますよ。」
「誰がイライラさせとると思っとんじゃ!」

 いつの間にか、二人の目頭から火花が出て、ぶつかっている。
 アニメでよくある、喧嘩のシーンだ。
 はぁ、私、前回も、その前も、喧嘩の原因になりすぎ……。

「はい、もういいから!優、用事はあとから聞かせて!尋くん、行こう!」

 強引に二人を引き離し、優をおいて家へ向かった。

「俺、最初は変なヤンキーが愛さんにストーカーでもしてるのかと思いましたよー。」

 私が尋くんへ思った第一印象と同じだ…。
 というのは置いておいて、守ろうとしたなんて嬉しい。
 口調も(誰かさんと違って)優しいし、私、なんで尋くんの事が怖かったんだろー?
 今となっては笑える気がした。

「うーん、無いですねぇ。」

 本を探して、約30分、尋くんが探している本は見つからない。
 私は、ハッと思い出した。

「そういえばさ、題名は??」

 題名が分かれば、もしかしたらお母さんが見つけてくれるかもしれない。
 まぁ、世界に一つしかないから、わかんないんだけどね。
 そう思ったのだった。

「うーん。それがね、題名が無いんですよねー。」

 尋くんは悩みのように言った。
 なんだか聞いたことのある話だ。

「それって、まさか黑書なんていわないよねー?」

 口が滑ってしまった。
 言わないほうが良かったかな?
 優に言われたよね?
 私、何言っちゃってんの!!
 今さらかもしれないが、ガチガチの作り笑顔で微笑んだ。

「ハハ!よく知っていますね!」

 と〜っても不気味な笑顔で尋くんは言う。
 私は、ヤバいことを言ってしまったのだと悟った。

「なんで知ってるんですかねー?ハハ!」
「なんかー…、見た事あるかもってー…、思ったんですけどもー…、アハハハハ!」

 不気味な笑顔と作り笑顔が向き合うと、こんなに冷や汗をかくのだと知った。
 尋くんは何も言わず、不気味な笑顔で見つめてくる。
 私は耐えられず、言ってはいけないと思いながらも言ってしまった。

「持ってるー??………から?です…。」

 誤魔化しながら言ったが、まぁよく考えると尋くんはいい人だ。
 きっと!大丈夫。

「愛さんの部屋どこです??」

 なら早く言ってくださいよー、と言わんばかりの笑顔で黑書のある私の部屋に向かった。

 私の部屋に男の人が入るなんて二人目だ。
 どっちにしても強引な…。
 そんな事を考えながら、お茶を持って部屋に向かった。

「お茶、持って来たー、」
「愛さん、ありがとうございます。」

 ずっと探していた物が見つかったのに、落ち着いていられるなんて、尋くんはすごいと思う。
 そう思いながらも、気になっていたことを聞くことにした。

「あのさ、黑書って誰が作ったの?」

 さっき尋くんがバスで話してくれた。
 自分の地元で作られた本って。
 きっと、知っているはず。

「戦国時代、俺の地元はすごい貧乏で、米なんて食べていける時代じゃなかったんです。そんなとき、村の唯一の巫女が、亡くなったんです。」

 戦国時代から続く本だなんて。
 とても歴史があるんだなー。
 尋くんは話を続けた。

「その巫女は、亡くなったときに、村の人々のことを考えたのか、自分の霊力をなんとか残そうとしたんです。その霊力がその当時はただの書物だった、黑書に納められました。」

 尋くんはたんたんと話を続けた。
 それを聞いた私は、黑書を持っている意味を、とても重く感じた。

「それで、村の人々はどうなったの?」
「とても充実した日々をおくっていました。でも、その亡くなった巫女の妹が、外村の豪族のお嫁に行くことになって。巫女が亡くなってから黑書の持ち主は、その妹でした。その時に黑書が外村に行ってしまって……」

 それから能力が暴走していったのだと悟った。
 私が持っている黑書には、巫女の念がこめられている。
 そう考えると、身震いした。

「なるほど……。そんなことがあったんだ……」

 話を終え、尋くんはきっと黑書を見たいと言うだろう。
 優ならそれを許さない。
 そう思い、話をそらそうとした。

「そういえばさ!敬語やめようよ?同い年なんだし!」
 
 話をそらすと言いつつも、やっぱり気になっていた事に話題を変えた。

「え?いいんですか?」
「もちろんだよ!」

 意外にすんなり話を聞いてくれる尋くん。
 第一印象とは全然違う。

「ならさ、俺の女になれよ。愛…」
 
 そう言うと、尋くんは私の肩をガッシリ掴んでベッドに押し倒してきた。
 突然の命令口調に驚き、言葉が出ない。

「なにしてるの?尋くん??」
「………」

 大変な事になってしまった。
 助けて、誰か……
 優の頭に浮かぶ。  
 
「優!!!」

バッ

 窓から入ってきたのは優だった。
 とーっても怒っている。

「あ、彼氏さんですか。」
「あ、じゃねぇよ。お前、愛に何してんだ……」