渋谷。
タワーレコードの方に歩いて、そのまま線路沿いに行くと、京果が指定したオープンテラスの店があった。

京果はもう座っていて、隣には咲良の姿もあった。

「こんにちは。お待たせしちゃいましたか?」
「ううん、全然。私達少し早く到着してただけ。」
「べーにー!久しぶり!あたしも参加させてもらうことになりそーなのよー!」

相変わらずの咲良のテンションだが、少し緊張していたので、彼が居てくれて内心ホッとしてる。

注文したコーヒーとパスタを食べ始めると、長身の男二人が真っ直ぐこちらに向かって来た。

「京果!遅くなってすまん。紅ちゃんはじめまして。青柳 佑久(あおやぎ たすく)です。こちらは俳優の雄太くん。」

「あ!昨日の!」
「ん?知り合い?」

編集長の青柳と一緒に来たのは、昨日カラオケで会った雄太だった。

「紅さんで良かった!昨日の今日でまたお会いできるなんて、嬉しいっす!」
雄太は私の手を握った。

どうやら、元々クラムジーキスのファンだった彼が、色々ツテを使って今回の雑誌モデルの話を掴んだらしい。

昨日の時点で相手のモデルは未定で、雄太は私だといいなと思ってくれていたらしい。

「…というわけで、創刊号のテーマは年下との恋愛。紅ちゃんと雄太くんは表紙から巻頭ページの予定。」


青柳は雑誌のテーマや、この先一年間の特集の内容、取り扱いブランドを淡々と話した。
あまりにも話が進み過ぎて、思考が付いて行かない。

「それで、急で申し訳ないんだけど、再来週から撮影に入る予定。大丈夫かな?雄太はスケジュール抑えてあるよな?」
「はい!バッチリです。」
「こんな感じで、かなりカツカツなんだけど、紅ちゃん、どうかな?お願いできるかな?」

どうかな?って、もう断れない雰囲気。

私は「ああ、はい。」としか答えられなくなっていると、咲良が
「紅、大丈夫だよ!あたしがちゃんとフォローするから。不安になることなんてないよ。」

咲良のこの言葉に、青柳がハッとした。

「あ、すまん。俺も初めての事ばかりで日もなくて焦ってるんだよね。」
「まだ企画が上がっただけなんだから、みんなで話し合いながら良い雑誌にしてきましょ?それぞれ初めての事でしょ?お互いにフォローし合って、足並み揃えてのスタートは一緒なんだから。」

さすが大人の女。
京果の言葉に青柳は、申し訳なさそうにおじぎをした。

「いやあ、ありがとう。今日からよろしく。」

ピリピリとしていた空気も少しだけ穏やかになり、これからの事を話した。

Clumsy kissの看板として責任を持つこと。
体型維持。
飲み過ぎない。
モデルとしての日々の管理、などなど。

そして、仕事は出来れば辞めて欲しいと言われた。
その代わりに空いている時間は、Clumsy kissで働かない?とも言われた。



数時間後、店を後にした私達。
散歩がてら原宿まで歩く事にした私に、同じ方向だと言って雄太も一緒に歩いた。

「これ、あんまり人に言ってないんですけど、僕rosé rouge好きなんですよ。」
「え?そうなの?」
「まぁ、だから京果さんのお店に良く行ってたんですけどね。なので紅さんにお会いした時は感動しました!今回の話も凄い必死で掴んだんです。」

みんな夢を掴むのに必死なんだ。
私は、こんなんでいいのかな。

「私さ、なんの取り柄も無くて、ただやりたくもない仕事してさ、29年間生きてきちゃったから、雄太くんみたいな人見ると、萎縮しちゃう。」

「でも、素敵にClumsy kissのショーウィンドウを飾ってるじゃないですか。自信を持って良いと思いますよ?てかこんな若造に言われても説得力無いですよね。」
「ありがとう。あ、私もrosé rouge好きなの。彼らのお陰でここに居るような感じ。何か縁ってあるんだね。」

雄太は少し大げさに「えぇー!」と言い、
「益々、紅さんの事好きになりますよー!撮影、よろしくお願いします。じゃあ、僕はここで。」

雄太はちょうど竹下通りと明治通りがぶつかるところで、颯爽とタクシーに乗って手を振った。

竹下通りの一本裏道を歩きながら駅に向かった。

静かで、落ち着いたこの通り。
背中合わせで、賑やかな竹下通りがあるとは思えない。
昔から好きだった。

改札に入る時、緋色を思い出した。
電話を見てもメッセージや着信はない。

(さすがに帰ったかな。)