柊のスタジオは渋谷から神泉の駅に向かった大通り沿いにあり、その通りを挟んで反対側に、二人でよく行った居酒屋がある。

木枠の引き戸を開けると、カウンターに柊が座っていた。

「おつかれ。」

声を掛けると、ビールを持ったまま振り返り、あの人懐っこい子犬のような表情をみせた。

「紅、久しぶりだね。ビールでいい?」
「うん。」

柊は店員にビールを頼み、視線をカウンターに並ぶお惣菜に向けた。

「ハラ減っちゃってさぁ。紅は?」
「あ、うん。少し。」

心の無い会話が続く。

数種類の皿が並ぶ頃、酔いが回って来たのか柊がじょう舌になってきた。

「そういえばさ、京果ちゃんから見せてもらったよ。モデルの写真。紅かっこいい。やっぱりオレが惚れただけあるわー。」

この一言で私は今日ここに来た意味を思い出した。

「柊、あのね。コレは返しておくね。」

私は今まで付けっぱなしだった、柊からもらったネックレスを外し、テーブルに置いた。

「え?」

「私ね、大阪で柊と詩織ちゃんが私達の部屋に入って行くところ見ちゃったのね。あれ、見ちゃったらさ、私も完璧な人間じゃないから。」

柊は黙って、置かれたネックレスを見つめていた。

「ごめん。でもオレの中では紅が一番だよ。」

顔を寄せて、あの笑顔で柊はいった。

苛立ちで指先が震えた。
もう全然大丈夫だと思っていたのに、怒りと残された嫉妬で柊の顔をひっぱたきたかった。