「ってなわけで、一気に吊し上げるか!」
きれいな笑顔でウィングの後ろに回り込んだテルが幸せそうに言った。
ウィングは慌てて振り返ったが反対側からひものようなもので首を絞められる。
「船長!!」
キースが咎めたがシルンが制した。
ウィングは息ができず酸素が足りなくなって、目の前が暗くなってきたころ、不意にひもが緩んだ。
頭がくらくらして柔らかい芝生の上にパサリと座り込む。
それを見下ろしてテルが何も言わず冷たく見つめる。
ウィングが顔を上げると胸ぐらをつかんで両足を浮かせた。
あの細腕でよくこんな力が出るもんだ、他人事のようにウィングが思っているとどすのきいた暗い声でテルがささやいた。
「あのさ、俺も許してあげたいよ。誰にだって間違いはあるもんだし。だけどさ言ったけ、俺」
ねじり上げるようにウィングを無理やり自分の視線に合わせる。
「ワドにだけは手を出すなってさ」
そのあと地面に一気にたたきつけて衝撃でわずかに地面がゆがむ。
「許さない。ぜってぇに」
ウィングの肋骨の上に自分の右足を乗せて体重をかける。
パキッと肋骨にひびが入る音がした。
うっとウィングが呻いて、逃れようと身をよじる。
「ワド、ここあけてろ。医務室に戻れ」
思いっきり目をそらして今にも泣きそうなワド(完全に無表情になった)にテルがウィングから目をそらさないまま言い放った。
さらに躊躇するワドに追い打ちをかけるようにテルがワドに微笑みかけた。
「いいから早く行け」
「…」
「いいから」
「…」
「…キング、連れてけ」
は、とキースは慌ててキングを振り返る。
するとすっかりもとに戻ったらしいキングがワドに手刀を振り下ろしていた。
…本当に乱暴だなこの人は。
「残念だったなぁ?ウィング。いや、“神に愛されたペテン師”?今回ばかりは、神様もお前を守れなかったみたいだな」
皮肉気に歪んだ口元には嘲笑が浮かぶ。
「唯一お前を守ってくれそうな奴もいなくなったからな?」
…いたら守ってくれたんだろうか。
ウィングは素朴な疑問を感じたが、確かに少し前、ワドは言っていた。
“仲間は守る”と。
だけど俺はもう仲間じゃない。
自嘲気味にクスリと笑うと、それを嘲笑だと思ったのかテルのスニーカーのつま先が深々と鳩尾に食い込む。
歯を食いしばっていたウィングも、カハッと乾いた息を吐きだした。
「ワドは優しいからお前みたいなクズでも守ってくれるんだよ」
それにつけあがる奴がいるのにさ、と吐き捨てるようにテルが言った。
普段からは考えられない乱暴な口調だ。
「分かってるのか知んないけど、ワドに手を出したやつは存在ごと俺が消してんだよ。そいつ中心に、家族、友人、勤め先、取引先、上司、部下、同僚、同級生、先輩、後輩、教師。徹底的に消す。あいつを侮辱する奴は許さない。絶対に」
あげられていくそのリストにウィングは狂気さえ感じた。
「そうやって守ってやらないと、あいつは簡単に食われて、死んじまうから…」
狂気と見間違うほどの異常な“愛情”。
「お前みたいな、奴にさ!!!」
蹴り上げられた後に、激しく殴られる。
今度こそ地面にめり込んで、骨が砕けたような音にウィングは顔をしかめた。
__よりにもよってこんな奴に捕まるなんて、運がない…
今までさんざん裏切ってきてなんだが、ウィングは神を憎んだ。
牢に入った方がましだったんじゃないか、と。
「まだ死んでないよな、これからなんだよ、拷問(ショー)は!!」
テルは強い憎しみとともにウィングに馬乗りになって殴りつける。
ウィングは時折呻くだけで抵抗もしないいや、できない。
鼻でも折れたのか、すごい出血量だ。
返り血を浴びるテルの拳がきらりと輝く。
「もう、お前に味方はいないな」
あはは、とさも愉快そうにテルが笑う。
「ずっと“飾り物”にしてたキースでさえお前は裏切ったんだから」
ホント救いようがないクズ、とテルは高笑いする。
ウィングは今更のように思った。
キースはもう、味方じゃないのか、と。
どれだけ誰をどんな風に裏切ってもついてきたキース。
アクセサリーにされているとも知らず、無邪気についてきたキース。
たった一人、信じてくれてい“た”、親友。
あいつさえ失ったんだ、そう思って初めてウィングは涙を流す。
その涙すら、真っ赤な血に交じって赤く染まった。
でも、テルは気が付いたらしい。
「もう遅いんだよ。何もかも」
シルンはふぅ、とため息をついた。
テルの狂気は“今に始まったことじゃない”から。
公開処刑もいったい何度目になるだろう。
この光景を見たら、きっと誰もが思うんだろう。
副船長の方が、まだましだと。
また胸ぐらをつかむと、ウィングの力のない肢体がだらんと垂れさがる。
「生きろよ、生きて、地獄を味わえ…」
どういうわけだか、ワドは路地裏に連れ込まれてはよくズタズタになって帰ってきた。
聞けば魔界にいたころ色々あったんだとよく言っている。
そのたびテルはワドに見つからないように“復讐”に出かけていた。
直接手を下した、または現場にいたグループは地下に幽閉され、地獄を見る。
永遠に光を見ることはない。
ワドですら把握できない広さの地下牢には、いったいどれだけの“加害者”が集められているのだろう。
それを知っているのは、船長とキングただ二人。
たたきつけるでもなく手を放したテルはそのままウィングを見下ろして、冷たく言い放った。
「立て」
ウィングはよろよろと立ち上がる。
その両腕をひねり上げながらテルは地下牢にウィングを連れていこうとした。
抵抗するすべもなく、ウィングは引きずられて行った。


