『卓也、起きなさい』

リビングから母親の声が飛んできた。卓也は眠い目を擦りながらリビングへと向かう。今までの一軒家と違い2DKのボロアパートだ。駅から歩いて5分という事で決めたようなものだ。

『今日から高校生なんだから、ちゃんとしなさい』

『わかってるよ』

卓也は面倒くさそうに返事を返した。髪も黒く染め、タバコも止めた。卓也の通う高校は、保育士の資格が取れる学校だった。誰にも言っていない事だが、卓也には夢があった。いつか、小さくても良いから誰もが安心して預けられる保育所を作りたかった。小さい時の記憶はないが、物心ついた時には既に親との距離が開いていた。誰も自分の事を分かってくれない。素直に感情を現しただけなのに親からは煙たがられた。子供ながらに酷く傷ついたのを今でも覚えている。

『行ってくる』

『行ってらっしゃい。ごめんね、お母さん行けなくて。』

『いいよ。』

卓也はニコッと笑った。いつからか作り笑顔が得意になっていた。どうせ親には期待していない。小学生の頃から、親が学校の行事に来てくれた事などなかった。

卓也は駅へと向かう。途中、コンビニでコーヒーを買った。店を出ると向かいの路地に高校生がいるのに気がついた。卓也と同じ制服を着た学生が3人組に囲まれている。

『どこでもあるんだな。』

卓也は何か安堵感みたいなものを覚えた。人のトラブルに口を挟むほどお節介な性格をしていない卓也は何事もなく駅の方向に体を向けた。