(短編集)ベッドサイドストーリー・1



「まずは自己紹介をするの。あたしは満といいます。男みたいな名前でしょ?満月の満で、ミツル」

 苦笑した男が同じように手を差し出して、浴槽の中で握手をする。

「満ち足りてない、ミツルさんか。皮肉だな。─────俺は佐藤といいます」

「佐藤、何さん?」

「教えない。君は苗字を言わなかったから。俺は、苗字だけにする」

 フルネームを名乗らなかったことは大して意味があるわけじゃなかったのに、男はそういった。だけど、気分が良かったあたしはそれで良しとした。佐藤ね、ありふれた名前。でもそれも面白いかも、って。

 黒い前髪が彼の額に垂れていて、湯気の向こうで細めた瞳は色っぽかった。

 さっきまで大して興味のなかった見ず知らずの男に、興味がわいてきているのを感じていた。良く見ると・・・結構好みの外見じゃない、この人。

 全裸で知らない男と一緒のお風呂に入って泡ぶくになっている。それはあまりにも奇妙でおかしなことだった。

 あたしはのぼせてきつつある頭でぼんやり考える。

 ・・・まだ、乾いてる。多分、あたしは。だけど新しくて奇妙な現実に対応していて、その間は確かに、忘れてたわね。

 男が先に湯船から立ち上がった。

 全裸を恥かしがりもせずに洗い場へ降り立って、ドアを開けながら振り返る。

「今晩は、君に何もしないよ」

 あたしは浴槽にだらっともたれかかりながら、彼を見上げていた。

「・・・抱かないってこと?ラブホにいるのに?」

「お触り禁止って最初にいったのは、そっちだったと思うけど。ま、いいや。とにかく今晩は、指一本触れない」