ここ、いいですか、と隣の席を指差して彼が聞く。私はぼーっと頷きながら、その時ようやく私のコートを持ってくれているってことに気がついた。

「あ、すみません!ありがとう、ございます・・・」

 照れる。言葉が最後とても小さくなってしまった。

 いいえ、と言葉を返して彼も座る。それから、私の方はちっとも見ずにぼそっと呟いた。

「お久しぶりですね」

 え?私に言ってる?彼の視線はまっすぐ前を向いているから一瞬悩んだけれど、でもマスターも反応してないし、他にカウンターには私以外にいないよね?と思って声を出した。

「あの、はい、ええと・・・そうなんです。年末年始で、実家に戻ってましたから」

 はい、だけでは愛想がないよねと一生懸命話す。相手が真っ直ぐ前を見ているので、何だか私だけ凝視しているのが居心地が悪い。

 そうですか、と返して彼は黙ってしまう。現れたのはいきなりの固まった空間。さっきまでの、温かい空気の中で素敵な店内が醸し出す雰囲気によって幸せだった私はどこへ?と思うほどに居心地の悪い空間になってしまった。

 ・・・ど、どうしよう。

 私は俯いて黙る。私を待ってたってこの人よね?でもって、彼はあの彼よね?うんうん、そこは間違いない。でもこんなに心地悪い雰囲気だったっけ?

 折角隣に座ってくれたけれど。

 こんなのじゃ、話なんて出来ない・・・。

 その時、そもそも今のタイミングを作ってしまったマスターが、彼のアメリカンをもって戻ってきた。

 そしてあはははと軽く笑う。私はその軽くて明るい声に救われるような気持ちでパッと顔を上げた。