そこには、開けっ放しの最終電車をバックにして、白い息を吐きながらこちらに近づきつつあるあの車掌さんが。

「これ」

 これ?

 私が呆然として彼が近づくのを見ていると、ふっと笑って彼が手を差し出した。

「忘れ物ですよ」

 白い手袋の彼の手の平には私のボールペン。

「・・・あ」

 私はそれを受け取った。落としてしまったのだろう、あの、慌てて席を立つときに。

 でも、今の彼は急いでいない。そして私も遅刻はしない。

 だから、それを鞄に仕舞いながら、私は小さく深呼吸をした。

 そして顔を上げたときには、ちゃんと笑顔で彼を見上げた。


「ありがとうございます」


 帽子の下、彼のいつもの真面目な瞳は柔らかく細められ、その中には私がうつっていた。

 冷たい風が吹き通る一日の終わりのホームの端で、お互いの服の裾や私の髪が風を受けてはためく。

 だけど全身を上気させて笑う私には、その風だってまるで春風みたいな優しさが感じられたのだった。





「通勤電車の恋」終わり。