もしかしたら乗る人だっているかもしれない。急がないと。この車両に誰か乗ってきてしまったら、ガラスを必死で拭いている私はただの変な女だ。
私は運転席との間のガラスに、顔をぐっと近づけた。そしてはーっと息を吹きかける。
蒸気で取る方法。超スタンダードだけど、いつでも有効。
『扉、閉まります』
外からなだれ込んできた冷たい空気で車内の中は一気に冷える。
私が窓ガラスに残した文字の場所が白く煙った。そこを一気にタオルでごしごしと拭く。
きゅっきゅ、と音まで立てて拭いた後には、ちゃんと綺麗なガラスがあった。
「やった」
つい、そう呟く。
ちゃんと綺麗になりましたよ~!そう思って、アナウンスを終了したらしい彼をパッと見上げた。
マイクをドア横の場所に戻した彼が、それを見て小さく笑ったようだった。
唇が小さく動く。その形から、いいのに、そういったのかなと思った。
白い手袋を嵌めた手をヒョイと伸ばして、彼は私が拭いた場所を、向こう側からなぞる。
その白い指先の動きをついじっと見詰めてしまった。
──────────あ、何か・・・。
自分でも深く考えずに、私の手がするりと動いた。
彼の右手が触れる窓ガラスに、私は自分の左手を押し付けていた。



