私は酔っ払ってぐでんぐでんな状態を見せてなくてよかった、と心底思った。酷く酔っ払っている時に誰もいない車両に乗ったなら、一人なのをいいことに大声で歌ったりフラフラしたりするかもしれなかった。でも車掌さんに見られてるんだよ、それも!そう思って。
普段、車掌さんなんて気にしない。彼らはいることが当たり前の存在で、その点に関しては見られているなんて意識は頭から抜けている。
でも今日は別に、変なことはしてなかったはずだ。・・・ああ、良かった。
そんなことをグダグダ考えていると、コンコンと音がした。
驚いて振り返る。私と運転席の間の窓をノックしていたのは、あの車掌さん。二人の間にある窓ガラスには開けた手帳が貼り付けてある。
え、何?
驚きながらも、その白いページに書いてある文字を目で追った。
『会社には遅れませんでしたか?』
細い文字でそう書いてある。ああ、と声に出して、私はふふふと笑う。
朝の忙しい時間は本当に秒数を争うほどのことだって、サラリーマンは皆知っている。殺気だったいつもの朝のホーム。その時間を使って落とした手帳のことを教えてくれた、あなたは目的地に間に合いましたか?そう聞きたかったのだろう。
お礼を聞くこともなく背中を向けて立ち去った私。彼は今日一日、それを気にしていたのかもしれなかった。
私は顔をあげて、にっこりと微笑む。そして頷いてみせた。
手帳を窓ガラスに押し付けてじっとこちらを見ていた彼も、スッと笑顔になった。
大丈夫ですよ、そう言いたくて、私は自分の鞄を探す。でも残念なことに紙もペンも持ってなかった。いや、違うわ──────────ペンは持ってる!
紙は仕事で使うものしかなかったから無理だけど、ペンがあるから・・・。



