(短編集)ベッドサイドストーリー・1



「あ、いえいえ・・・」

 声が届いてないかもとは思ったけど、つい返事までしてしまった。

 彼が、帽子を上げた仕草が格好良かった。

 帽子を被りなおした車掌さんは、さっきよりもう少しだけ口元を緩めた。

 ・・・・あ、また笑った。


 私は何だかほっこりとした気持ちになる。

 次の駅が近づいてきて、彼がマイクを取ってアナウンスを始める。私も前を向いて座りなおし、小さく深呼吸をした。

 わお。そう思った。

 まさか、いつもの電車でこんなことが起きるだなんて思ってなかった。耳の中で木霊する鼓動と、彼のアナウンスが重なる。

 そのちょっと掠れた声を全部拾おうと必死になっている自分に気付いて気恥ずかしかった。

 今までだって聞いていたでしょ、だけど気にしたことなんてなかったでしょ!何だって今晩に限って私ったら!そう思って。

『扉閉まります』

 そう聞こえて、またドアが閉まる。

 相変わらずこの車両には私一人。

 ドギマギしてしまったけど、何とか真面目な顔を作って前を向いていた。

 本当はもっとお話ししてみたいけど・・・でも、ほら、彼は勤務中だし。