悩んでいる間に客が降りて、私も降りる時間になってしまった。先輩と新人の車掌コンビも運転席のドアを開けて、降りようとしている。ホームには交代の車掌さん。その中年のおじさんが笑顔で新人君に話しかけていた。

 私は急いで立ち上がって走り、電車のドアをくぐると、ホームで話す3人の車掌に駆け寄った。

「あの!」

「え?」

 込み合ってざわめくホームで、私の声は目的の先輩車掌さんに届く。

 彼が振り返った。

 初めてバッチリと目があって、私は一瞬止まってしまった。帽子の下から覗く瞳が、私を真っ直ぐに見る。・・・うわ、何か、ドキっとしてしまったわ・・・。

 咄嗟に言葉を出せずに固まってしまった私に、彼は笑いかけた。

「どうしました?」

 乗り換えを聞く客だと思ったのだろうか、その営業スマイルを見て、私はチラリとそんなことを思う。と、同時に化石化から復活した。

 お客さんにだと、やっぱり笑うのか。そんなことを考えながら、私は指で運転席の床を指差して言った。

「手帳が、落ちましたよ」

 彼は私の指差した方向を見た。そして、あ、と呟く。私はそれで安心した。あ、良かった、やっぱり彼のものだったんだ、と思って。

 満足した私はそのままで3人の車掌さんに背中を向けて、いつものように人波の流れにのった。

 朝から一ついい事をしちゃった、そう思って、気分が良かった。

 改札を抜けて会社に向かうまで、鼻歌が出るほどに、テンションも上がっていた。