これは平和で日常的なラブコメです。

「はぁ……はぁ……なんとか大丈夫か」

どうにか藍達を撒き混浴風呂に入らずに済んだ。しばらく隠れて様子を見るか……

現在ホテルの12階にいる。俺等用に手配された部屋は28階、エレベーターが各階に3つあるが、バレないように行動するのがやっとだった。

そして、さっきまで騒いでいる声が聞こえていたが、やっと静かになった。きっと風呂に入ったのだろう。

「ふぅ、危ない…危ない」

「くっくっく、どうやらお前も運命から逃げているようだな。」

「どわぁっ!」

急に後ろから声を掛けられ驚いてしまった。見た感じ同級のようだがそれはない、何故ならば俺達A班以外は別のホテルにいるから……教員か…?

「あの…」

「なぁに案ずるな…我が、この第三の目で進路を開いて見せよう。」

うわぁ、教員じゃないな…なんだこの痛い娘(こ)は…

目の前にいるのは教員でも知り合いでもないただの厨二病だった。

「名乗り忘れていた、私は黒き闇の化身。黒川岬様だ!」

「うん」

とりあえず相づち打っておくか。

「私にかかれば人間共など簡単に潰せる」

「うん、病院に行く?それか医療室に…」

頭を見て貰わないと…いや、精神科か…

と真面目に考えていると厨二少女がキレ始めた。

「誰が厨二病だ!わ、我は黒き闇の化身。岬様だぞ!?ほら、この封印されし右腕がお前の運命を喰らおうと…」

「はいはい、わー怖い怖い。」

こういうやつは軽く付き合うだけですぐに飽きてくるはずだ。それより、早く風呂に行かねば…明日も早いし…

「喰らえ!ダークホール…」

「じゃ、忙しいから俺行くわ!じゃな!」

「あ、逃げるな!待てー!ぶべっ」

ベターンと派手に転んだが構っている暇はない。早く風呂に行かねば!

………………


「ふぅぅ……やっぱ風呂はいいなぁ。それにしても、まさか露天風呂があるとはな。」

結局コソコソと隠れながら風呂場まで来てしまった。ここまで来れば安全だろう。

再び溜まった息を吐くと、扉の開く音が聞こえた。来客だろう………

ん?来客?待てよ…俺達は確か貸しきりでこのホテルに泊まっている。だから男性客は居ないはずだ…でもなんで…

俺が思考を巡らせていると、入ってきた人物が声を掛けてきた。

「あらぁ、あらあら。ユッキー君湯加減はいかがですか?」

「まぁまぁ…て言うか気持ちいいです。」

女…の人だよな…って!

「理事長ぉ!?」

「はい、誰も居ないのでお邪魔させてもらいました。」

な、ななな、なんで理事長が男風呂に…まさか…いや、バスタオルの上から盛り上がる膨らみは本物だからそれはないな。だとしたら俺が間違って女風呂に…いや、ちゃんと確認した……じゃあやっぱり……

「んっんー、気持ちがいいですね。露天風呂は……あら?ユッキー君顔が真っ赤ですよ?」

「はは、ソウデスカ……」

緊張して片言になってしまう。素なのか、わざとなのか分からないが、やたら密着してくる。そのたびに二つの盛り上がった丘が押し付けられて……

よ、横乳……が…理事長の…ダメだ。落ち着こう、一旦…そうだ潜ってしまえば!

そこまで考え、どうにか理事長から離れお湯のなかに潜る。が……バスタオルでも隠しきれない部分が足と足の間にあり……

「もがががが!」

思いっきり息を吐いてしまう。すると、

「あらあら、見てしまいましたか。お恥ずかしいですね。」

と、恥ずかしがっていない顔でふふふ、と妖艶な笑みを見せる理事長。やっぱりこの人……色々とすごいな。バスの中でマリにビッチといいかけたが、この人こそビッチだ。

「ビッチな理事長……(ボソッ)」

「そんなことを言ったらキメちゃいますよ?首を。」

「すいません、妖艶な理事長でしたね。」

この人、笑顔で殺す気だ……顔は笑ってるけど目は獲物を狙う目をしている。

「でもまぁ、そんなことをしたら捕まるのでもう一人のユッキー君を頂きましょう。」

「は?」

言っている意味がわからなかった。もう一人の俺……って、まさか……!

理事長の視線を辿る、その目は俺の急所に向いていて……

「……………じゅるり」

「う、嘘ですよね……まさか、そっちの方が問題になりますから…だから」

「ぱっくりと…」

「ヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!」

ダメだ、話が通じない………助けを呼ぶか?いや、ダメだ…こんな所を見られたら………

「うわ、夕紀…理事長と…ないわー…」

「ユッキー…信じてたのに…気持ち悪い」

「ありえないな、人として…」

「縛って叩いて焼きましょうか?」

うん、確実に死ぬな。社会的にも、物理的にも………に、逃げるか……

「ざんねーん、逃がしませ~ん!」

ザバンっと押し倒されてしまう。腕を掴まれているため逃げれない…このまま俺は…ぱっくりと食べられてしまうのか…やだ

「嫌だ~!助けて!うわぁぁぁ!」

だ、ダメだ!おしまいだぁ……

諦めかけた次の瞬間……

「だらっしゃー!大丈夫か?ユウキ!」

「う、うーちゃん先生!」

扉を破り、水着姿のうーちゃん先生が入ってきた。これでなんとかなるか……

「悪いな、華澄のやつ…ほんの少し酒飲ませたら泥酔しちまって……目を離したらこんなことに……本当にすまない……」

深々と頭を下げる先生、なんだか悪いことをしたような気持ちになる。第三者が見たら俺がやましいことをしているように見えるだろう。

「あれー?この辺で音……が……」

こ、この声って……

「ま、マリ…………!」

「あ……あ……ユッキーが…」

へたりと力なくその場に座るマリ。なにか勘違いをしているに違いない。

「ち、違うんだ!誤解だ!」

まるで浮気をした夫のような言い訳になってしまった。別にやましいことはなにもない。ただ助けられただけだ…だが、

「ユッキーが…先生と……キスを……それに理事長がぱっくりと……」

「だから誤解だ!違うんだ!」

慌てて風呂から上がり説得しようとする…が、

「ひっ、やだ来ないで、いやぁぁぁぁ!」

悲鳴をあげられた。当然何事かと藍やヒエラ、皐月さんがやってくる。そして……

「夕紀……最低だよ?」

「これはっ!………っ…失望したな」

「あとでお仕置きですね…これは」

なんと言うべきか。藍には最低と言われ、ヒエラには失望され、皐月さんにお仕置きされる…お仕置きは悪くないか…

「違う、違うんだ!誤解なんだ!」

「ユッキーが……先生とキスして理事長にぱっくりと……」

ぶつぶつとマリが呟いている。それを聞いた三名は……

「そこまで腐っていたとはね、猿って人に言ってるけど夕紀こそ猿並みじゃん。」

「……夕紀…キモチワルイ……」

「さて、監禁しますかね……」

三人は言いたいだけ言ってマリを連れて脱衣所を去っていった。

なんで……こうなったんだ…?混浴を避けて逃げて、遅い時間に風呂に入って、酔った理事長が来て……

「わ、私は……教師失格だ……華澄の計画に協力して…酔わせて…一人の生徒すら守れねーとは…」

世界の終わりというような顔をして先生が震えている。計画……その言葉が気になってしまった。

「先生……計画って……?」

「悪いが……言えない……」

普通の自分だったら、何がなんでも聞き出そうとしただろう。だが、

「そうですか……先に上がります。おやすみなさい。」

聞かずに上がることにした。正直、逃げ出したい。現実から……父さんも、母さんもいない……仲間まで失ってしまった……俺、これからどうするかな……部屋に戻っても……

「散歩……行こうかな……」

着替えが終わり、脱衣所を出てホテルを出る。風呂上がりのため夜風が心地いい。

「はぁ……気持ち悪い……か。」

しばらく歩いていると急に携帯のバイブが
発信者は……胡桃さんか、

「もしもし……」

『あ、ゆうくん、こんばんは。ちゃんとやってる?』

「まぁ、ぼちぼちですね……」

『……元気、無いね……』

見透かされてるのかな、いや、自分でも分かる。声に生気がない。

「色々ありまして……はは、俺なんて……」

半ば自嘲気味に笑う。自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。

『……ゆうくん、』

「どうせ俺、これからずっと変態のレッテルを貼られて生きていくんですよ。たかが勘違いで。やってられないですよ」

自分は何を言っているんだろう。胡桃さんに愚痴を溢して何が楽しいんだか……

『ゆうくん!!』

「っ……!?」

胡桃さんにしては珍しい声だった。電話越しでも怒りがひしひしと伝わってくる。

『何があったのか分からないけど、男の子がうじうじしないで!そんなゆうくんはゆうくんじゃない!ただのダメ人間よ!』

「く、胡桃さん……?」

思わず戸惑いの声をあげてしまう。こんなに激しい言葉を掛ける胡桃さんを初めて見たから(電話越しだが)。

『ゆうくん、私だけはゆうくんの味方だから。どんなゆうくんも受け入れて見せるよ……家族だから。』

「胡桃……さん……」

その言葉が心に響いた。家族だから、その言葉がどれだけ俺の心を揺さぶったか……

『それじゃあ、しっかりね。おやすみ』

「おやすみ……なさい。」

携帯をポケットに入れ、しばらく立ち止まる。一体、俺はどんな顔をしているのだろうか。頬に、滴が流れてくる…雨が降ってきたようだ。

「雨宿り…するかな…」


ちょうどコンビニがあったため、雨が弱まるまでそこで待つことにした。