なんだ?
 ウワサの狼男か?
 やがて低い唸り声のようなものが聞こえて来た。
 
 獣、か――!?

「俺の縄張りに入ってくる奴は誰だ!」

 一瞬躊躇した明美に、それが飛び掛かって来た。

「う、あっ……!」

 履き慣れないブーツに足を取られ、バランスを崩した明美の上に、大きく黒い影が跳んだ。持っていた剣は手から離れ、孤を描くように空中で回転するとキィン! と甲高い音を立てて地面に落ちる。覆いかぶさるようにのしかかってきたのは、全身が黒い毛に覆われた……

 犬?

 大きいそれは太くて長い前足を明美の両肩に置き、地面に押さえつける。顔に顔を近づけて、全てを見透かすような研ぎ澄まされた瞳でじっと見つめた。

「は、離せ……!」

 剣を手放して身を守るものはない状態。絶体絶命のピンチ。それでも心は強く持ってキツく睨みつけた。

「わー女の子っ!?」

 嬉しそうな声を上げるそれの口元から、鋭い犬歯が見え隠れしている。

「しかもボーイッシュでめちゃカワイイね!」

 さっきまでの威厳はどこへやら。まるで飼い馴らされた犬が主人との再会を喜ぶように、立派な尻尾を激しく振っている。目尻が下がっているようにも見えなくない。

「いいから離せ……! うわっやめ……!」

 抵抗する明美の顔を、嬉しそうにべろんべろんと舐め始める。
 ザラザラとした長い舌が顔中を舐め回してきた。

「やめっやめろばか!」 

 舐め舐め攻撃に我慢できなくなった明美が、犬だか狼だか知らない鼻ズラに強烈なパンチを食らわした。

「きゃー!」

 それは奇妙な声を上げで飛び上がると、鼻を押さえて痛そうにそこいらへんを転がっている。

「ふん、自業自得だ」

 起き上がった明美は体についてしまった土ぼこりを払いながら、落としてしまった剣を拾い、うんざりとため息をつく。 
 それにしてもこいつ、自分の身近にいる「奴」に反応がよく似てるな……。
 冷めた目で、未だに鼻を押さえている目の前の獣を見る。
 でも、あいつはいちよう「人」だったような……?
 さてと。
 こんなのに構ってられないし、先を急ごう。

「待てよ!」