「まずは谷へ向かう途中に、女好きで恐ろしいとウワサされる狼男が現れるで気をつけるだよ」

 一人の小人が他の人に聞かれてはまずい話しをするように、明美の耳に小声でささやく。

「狼男?」

 片方の眉を持ち上げた明美が聞き返す。

「んだ。とにかく強暴らしいと聞いてるだ」

「どれぐらい強暴なのよ」

「しらね」

「わしら恐くて谷の方には近付かないでな」

「んだんだ」

 七人が一斉に首を振っている。

「七人もいるんだから退治しようとか考えないわけ!?」

「恐いだよ」

「んだ」

「わしらの貞操が……」

「もーいい。とにかくさっさと取り返してくればいいんだろ」

 うんざりしながら立ち上がる。
 いつまでも真面目にこの小人がたちとやり合っていたら、こっちまでおかしくなりそうだった。

「気をつけるだよ!」

「栗カボチャが帰ってくんの待ってるだ」

「頑張ってけれ、娘ッこ~」

 歩く足を止めて振り向いた。

「娘ッこいうな! 私は明美だ!」

 イライラしながら谷へ抜ける森のなかへと入っていく。
 日はまだ頭上で明るく大地を照らし、木々に止まった鳥達がさえずり、やわらかな風が青々とした緑の中を吹き抜ける。静かな森のなかに、草を踏みしめる靴音が響く。
 豊かな自然に囲まれて、逆立っていた気持ちも次第に落ち着いて来た。

 とりあえず、さっさと用を済ませて帰ろ。
 帰るってどこに?
 自分に問い掛けても、いままでどこにいてどうしてここにいるのかさっぱりわからない。
 なぜか記憶があやふやだ。
 考えてもきりがない。とりあえず目の前の問題を解決してから考えよう。
 まずは魔女に会って、栗カボチャとやらを返してもらわないと。
 魔女……魔法とか使って来んのかな?

 ザザッ

 冷たく強い風が吹き、鳥達の声が止んだ。

「……!」

 なにかの気配を察した明美が、腰の剣に手を延ばす。
 ………。
 静かな森、前方のしげみの辺りから視線を感じる。確かに何かが様子を伺うようにこちらを見ていた。
 明美もじっと息を殺して相手の様子を伺う。