「あの…まだですか?」
私は青年に手を引かれて森を歩いている。青年は家に帰してくれると言うが歩けど歩けど自分の家など見えてこない。痺れを切らして私が問いかけると青年はにこにことしながら答える。
「え?ああ、今日はもう遅いから一泊していきなよ」
青年の言葉に私は思わず立ち止まった。
「困ります!!門限があるんです!!」
私の言葉に青年は少しだけ目を見開いたかと思うとくすりと笑った。
「今時門限だなんて変だと思いましたか?」
不貞腐れる私に青年は言う。
「いやいや、君らしいなと思って」
君らしいも何も彼と会ったのは今日が初めてなのだが。私が怪訝そうな顔をすると彼はまた、くすりと笑った。
「覚えてないかな?君に一度だけ会った事があるんだ。まあ、僕も名前を聞くまではすっかり忘れていたんだけど」
勿論私には全く覚えがない。
「僕だよ、榊、榊優希」
青年、榊は自己紹介をするがそれでも私は思い出せない。うーん、と首を捻っていると青年は困ったように眉を下げた。
「覚えてないかな?昔は結構遊んだんだけど」
その後、榊に色々な話をされたが、私は思い出す事が出来なかった。
「ここだよ」
結局思い出せないまま、目的地に着いてしまったようだ。
「だから私は一刻も早く家に…」
言いかけた私の言葉に被せるようにして榊が言う。
「大丈夫。言っただろ?君と僕は顔見知り。君の父親と僕も顔見知り。僕の家に泊まったって言えば怒られはしないよ」
少し躊躇いはあったものの、森の中を歩いて疲れていた私はおとなしく泊めてもらう事にした。
