「私はもう帰るけど…玲実さんも一緒に帰る?」
麻奈美先生が、そんな事を口に出した。
もう辺りは暗くて完全下校時間はとっくに過ぎている。
「麻奈美先生が良いなら…。ありがとうございますっ。」
「私が良いから聞いたのよっ。じゃ、一緒に帰るのは決まりね!」
…良かった。これからは麻奈美先生に頼れるかも…じゃ、ダメなんだよな。また、こうなった時に…でも、頼れる間は頼りたい。
「難しい顔はしないしないっ。さぁ、早く帰りましょうっ。」
頷いた私は麻奈美先生の後について保健室を出た。
「あぁ、私、電車通勤だから、正門からだけど、大丈夫よね?」
廊下を歩いていると、ふと思い出したかのように麻奈美先生が言った。
私は、また頷いた。

正門に来るとゆらりとうごめく影が二つ。その影はすごく速い速度で私たちに近づく。暗くて動きが鈍く見える。でも近づいていくに『それ』は動きをはっきりと表していった。
昨日の執事さんたちだ。どうしよう…学校で待ち伏せされているなんて…
「…やっと見つけた。」
片目を隠した執事さんは、私を見つけるなりお姫様抱っこ。
もうっ。昨日の今日でなんなの?歩けるんだからっ。
私は恥ずかしくなってもがいた。とにかく逃げるために。でも、もがいてもダメだった。もがいた分だけ強く抱き上げられ、しっかりと固定されていく。
そうこうしていると、麻奈美先生が困惑の表情を浮かべながら来た。
「玲実さん。…さっき田辺くんから聴いたんだけど…あなた、異国のお姫様なの?」
え?なんでそこに田辺くんの名前が…?
ま、まぁっ。今この場合はスルーしておこう。それより突っ込むべき重要事項がある。
「私、異国のお偉いさんとかじゃなくてっ。普通の一般家庭の育ちです。」
「…そうなの?田辺くんが言うには、日本に遊びにきた時に逃げ出したって言ってたけど…」
…一体私と田辺ってどういう関係?クラスメイト、だよね…確かに他の子たちよりは話すけど…
「でも私日本語しか話せない。パスポートなんか持ってない。それに日本から出た事なんて一回も無いですよっ?」
「…惚けないでください、フロリナ様。しかも『玲実』という偽名まで使って。申し訳御座いません麻奈美様。本日はこれで失礼します。さ、帰りますよお嬢様」
いきなり入ってきた片目執事さん。半分強引に話を切り上げた。
退場なんてするもんかっ。
「それ無しっ。私は、こんなワケ分からない人たちなんかと一緒に居たく無いっ。それに私の名前は玲実っ。黒杜玲実だよっ。」
必死の抵抗。だけどそれも無に果てる…
「…帰るんです。田辺、お嬢様が逃げないうちに車へ。」
片目執事、私を担いだまま思いっきり走り出した。そして、進行方向には田辺くんが近くにあった黒い車のドアにスタンバイ。…あれ?田辺くん、執事服着てる…どういう事?
でも田辺くんがどうであれ、これじゃ絶対私に勝ち目無い!
一体どーしたらこの状態から抜け出せるんだ…
「…では失礼致します。」
片目執事は、私を車に突っ込んで麻奈美先生にあいさつ。出ようとした私はスタンバっていた田辺くんによって車からの脱出をあっさりと阻止された。
田辺くんと片目執事も車の中に入ってきた。しかも、私の両端に座った。これじこれじゃあ逃げる余地無し。はぁ…でもっ!まだ諦めたワケじゃないもんねっ。
……とは言ってももう逃げる意味は無くなっていた。元々の目的は、この執事たちから逃げる事ではなく家に帰る事。…皆私の事を憶えていない。だったら逃げなくても良い。…でも、だからと言って、…
此所に居たく無い。
「なぁ、黒杜。アンタがそないに俺らを拒否る理由て、なんなんや?」
車で走っている途中、ふと田辺くんが言った。片目執事さんも窓の外に向けていた顔を私の顔に向けた。
…考えてみると、よく分からない。でもただ逃げていただけでも無い。私は、『もし』あの言葉が本当なら…きっと……自分の…『立場』に…決心したかったんだ。
大きく深呼吸をし、一秒だけ呼吸を止めた。
「分からない……でももしあの言葉が本当なら…」
「もし、もなにも本当やねんて。まぁ、何にせよ宜しくや。」
ニカッと笑った。ちょっと悪戯っ子のような笑い方をするんだなぁ。ま、教室とかでもそんな感じだけど。
「うん…よ、よろしく…」
ちょっとテンション高すぎてあんまりついていけないけど…
「硬い硬いっ。そんなんやったら、王宮生活辛なんでっ。クラスメイトなんやし、もっとリラックスリラックスっ!!」
「…田辺のハイテンションが一つの原因。」
…なんか片目執事さんと田辺くんって、真逆なのに似てる。…ような気がする。面白いなぁ…コンビとか、組めそう。
「?なんや一人でニヤけて…オモロい事なんやろ?教えろや!」
…に、ニヤけてた?それは恥ずかしい…でも、そんな私も笑って受け入れてくれる田辺くん…ちょっと嬉しいかも…
だけど。これは秘密だもんっ。きっと片目執事さんにスッゴい睨まれる。
「ん〜?内緒だよっ。田辺くんにも、……え…えと…片目執事さんにもっ。…そういえば片目執事さん。名前、なんて言うんですか?」
「…俺?その片目執事っての…俺は佐藤だけど知らなかった…のか?」
佐藤さんか。田辺くんといい佐藤さんといい、何でそんな読みやすいのばかりなんだろう?私の場合「くろ…なにさん?」と言われるのがほとんど。『こくと』なんだけど。
「まぁ、さっちゃんの場合『佐藤さん』ばっかやから『片目』もオモロいかもなっ。それ、今度店でやったらウケるって!」
「…バカだな、お前。するワケないだろ?……もう着くから。さっさと準備して。」
この話題から断ち切るかのような口調で佐藤さんは言った。そして、また窓の外を見始めた。