生まれたときから彼女は国民の注目の的だった。なかなか後継者の出来ない王族にやっと出来た赤ちゃん。女の子だけど、それなら別の国の王子と結婚すればいいだけの話。どんな娘だろうって誰もが期待し、そして噂をしていた。
しかし、彼女は魔力を持ちすぎていた。成人すると出てくるらしい王族のしるしも、彼女は生まれながらに持っていた。魔力だって普通にウィンを越えるだろう。
僕が森で使い魔との練習をしていたときのこと。使い魔が突然逃げ出した。でも追いかけることは出来ず、その場に立ち尽くしていた。そこに、彼女が使い魔と共に現れた。
「…お兄ちゃん、何してるの?」
「れ、練習を…」
驚いた。何故王族がこんな所に居るんだろうって。
「あのね、この子が付いてきてってっ!可愛いね、名前、何て言うの?」
「り、リル…」
「へぇリルちゃんって言うんだ!よろしくね、リルちゃん。」
そう言って使い魔と会話する姿は、幼いけど芯のある人だった。するとリルは、僕には見せたことのない技をやった。
「リル…」
僕は何も言えなかった。
「お兄ちゃん、リルちゃんは何でもできるいい子だよ?信じてあげるの!それでね、ちゃんとありがとうって言うの!」
そうやって僕に教える姿は純粋で、何の汚れもしらない子。
「あ…っ!お兄ちゃん、私隠れるから、何処って聞かれたらあっちって答えて!お願い!」
急に困った顔をして訴えてきた。しかしそれを言うと、僕の有無を聞かずすぐに木陰に隠れた。その後、複数の衛兵が走って追いかけてきた。
「おい、そこの者。フロリナ王女を見てないか?」
「見ましたけど、足音が聞こえるなりあっちに走って…」
「そうか、ご協力感謝する。」
衛兵たちはすぐに指差した方向に走っていった。衛兵が居なくなるのを確認すると、彼女は出てきた。
「ありがと、助かった。」
ニッと笑った。それが何故か、僕には許せなかった。
「…どうしてです?脱走なんてして、一体何のつもりです?」
「お兄ちゃんもみんなと同じこと言うんだ…」
「え…?」
「お兄ちゃんも、私に敬語だし、逃げ出したら怒る…私の周りはみんなそう。あんな狭い世界は嫌。確かにおうちはおっきいし、ご飯も美味しいし、可愛いお洋服たくさん着れるけど…でも、あのおうちでしか過ごせないの嫌。おうちから聞こえるお外の音は楽しそう…でもね、おうちの中は寂しいの。」
脆く、握ったら潰れてしまいそうな細い腕が震えていた。僕は気づいたら彼女の手を握っていた。
「フロリナ様…貴女には、国というものがあるのです。」
「国なんていらない…どうして私は選べないの?ね、自由ってどういうもの?」
彼女には自由が無いんだ…
「それは…」
「やっぱ良いや…ごめんね、お兄ちゃん。私そろそろ帰る。」
そう言って笑顔で走っていった。
「ありがとうっ!楽しかった!」
そう言って去っていく彼女に、胸が熱くなった。水晶が熱湯に落ちたような…そんな感覚。
それからだ。地響きがした。森の木々が倒れてきた。僕には使い魔が居て助けてくれたが、使い魔の居ない者たちは押し潰されていた。街に出てみるとそこは壊滅状態。バザーのテントは潰れ、人々の困惑した顔だけがそこにあった。
聞いた話によるとあの後、衛兵に捕まってしまっていたそうだ。それで自由を求めた彼女の叫びが地と共鳴し、魔力が爆発。
あれから、みんなの彼女に対する接し方が変わった。彼女はただ自由を求めただけ。しかしそれを求めたがために国を滅ぼした。紛争が絶え間なく続き、もうあの楽しさは失われてしまった。
そして彼女の誕生日。プレゼントと称して紅茶で眠らせ、彼女を王宮から奪い去り記憶を奪った。それから魔力も奪い、追放した。
ウィンは激怒。そして国民は全て反逆者と見なされ、王族と国民の間には深い溝が出来た。

「お兄ちゃん…ごめんね。」
記憶を消す前、彼女は笑った。精一杯笑っていた。涙も頑張って堪えていた。
「…どうして私、生まれてきたのかなぁ?」
言い返せない。
「お兄ちゃんは優しいからなんも言わないけど…でもね、みんなどうして生まれたのって言うの。私にはもうなんも無いんだぁ…ごめんね、お兄ちゃん。」
目を瞑る彼女はまるで人形みたいだった。
「…ごめん」
僕は、それだけしか言えなかった。フロリナ様は、僕よりずっと子供だけど、だれよりもずっと強かった。その姿は美しく、王女の気品を感じた。