あれから数週間。学校での生活に馴染めたような、馴染めていないような日々。そんな中、私の日課は図書室に行くことだった。何でもあの、赤碕キキさんの本が沢山ある。キキさんの作品がほぼ全部ある。これは片っ端から読破していくしかないっ!て、何故か目標まで出来た。昨日も勢いで分厚い本を寝る前に読み切ってしまった。第一章だけって思ったら次の章だけ、次の章だけって読み進めてしまって結局ラストまでいってしまった。
そんなキキさんの本は図書室の端に設置された階段を登って二階に行き、奥の方へと入って行ったところにある。少し地味な、目立たない場所。…でもそれが嬉しい。やっぱりみんなには知ってほしいようで知ってほしくない。この作品の良さを独り占めしたいって欲求が消えない。
今日もキキさんの本のコーナーへ向かい、本を取ろうとする…けどと、取れない?取れないだとっ!…自分の背の低さを呪うよ。あとちょっとで取れそうなのに…
その時、私の狙ってた本がスッと消えた。
「あ…」
「はい、これで合ってる…?」
男の子が取ってくれた。やっぱり背が高いって羨ましい…彼は大人っぽい。だけどネクタイの色が同学年だと主張している。
「ありがとう。」
お礼を言って本を受け取った。あ…これ、ラ・ルドシリーズの最新刊だ。やっぱり寝てると損だな。
「好きなの?赤碕キキ…」
「好き、というか…憧れに近いです。キキさんの創る幻想的な世界は美しくて…このラ・ルドシリーズなんて中学で出会って、児童文庫のはずなのにハマっちゃって…それに、代表作は魔女と魔王子ですが個人的には『ちっぽけな』が好きで、それから…ってすみませんっ!キキさん知ってる方になかなか出会えないので嬉しくてつい…面白くないですよね、こんな個人的な話…」
ああもうっ!恥ずかしいったらこの上ない…なんで初対面にキキさん語ってるんだよ私はっ!
すると男の子はクスッと笑った。…優しそうな、吸い込まれる瞳を細めて笑った。
「いや…ごめんごめん、伊東さんって意外と面白い人なんだね。僕も彼については知ってる方だから、大丈夫だよ。」
伊東さん…?名前を知ってるっていうことはま、まさか…
「伊東さん?クラスメートの伊東さんだよね?伊東大貴先生が担任のクラスの…」
「や、やっぱりクラスメートっ!ごめん…まだ顔と名前を一致しきれてなくて…名前は覚えたんだけど。」
「いいよいいよ。僕だってあんまりクラスに居ないから。」
「でも…」
「…僕は赤崎貴教。」
赤崎…その名字に聞き覚えがあった。
「現文に出ないあの…?」
「そうだよ。…でも変な覚え方。」
赤崎くんはまたクスッと笑った。
「僕のことは貴教って呼んで?」
「わ、解った。」
なんか大人だよなぁ…絶対年上っぽい。雰囲気がそんな感じ。
「貴教くんの好きな作品は?」
「貴教で良いよ。くん付けって面倒じゃない?同い年なのに…」
「た、貴教の好きなのは?作品、とか…」
すると貴教は暫く考え込んだ。
「うぅん…特に好き、とかそういうのは無いんだ。どれも平等。強いて言うならどれも好き。」
なんか…
「かっこいいね、そういうの。」
「伊東さんってば…時々照れること言うね。」
「…ね、私には貴教って呼ばせて自分は伊東さん?玲実って呼んでよ!」
「解ったよ、玲実。」
…楽しい。こうやって人と仲良くなるの、何時ぶりだろう?面白いんだなぁ。
「でも赤碕キキが好きなんて…変わってない?というか趣味悪くない?」
「な…っ!いきなり何言うの?キキさんの小説は幻想的なだけで美しいだけだよ!趣味悪くないし、変わってないっ!」
「ごめんごめん…そんなに怒らないで?…ね、玲実。そろそろ教室に戻らないと危なくない?次、現文でしょ?河内先生だから急がないと…」
「貴教は来ないの?…今、赤碕キキさんの『ちっぽけな』だよ」
「僕は行かない…行ってはいけない。僕は現代を知ってはいけない存在なんだ。」
…?貴教の発言に首を傾げるしか他ない。
「玲実。今日の放課後、また来てくれる?此処で待ってる。」
また、あの引き込まれる瞳。真剣な瞳に、私は頷かざるを得なかった。
すると、背中をポンッと押された。私は振り向かず、ただ前へと進んだ。