いきなり頭上から高飛車な声が降ってきた。
見上げるといかにもお嬢様、って感じの女の子が部下らしき女の子たちを引き連れてもの凄く怪訝な顔で私を見ていた。
「貴女はあの伊東グループをご存知ないですの?この高校で講師として来てくださっているだけでも感謝しなくてはいけない御方なのに…いえ、感謝してもしきれませんわ!伊東グループをトップ企業にまで導き、お仕事もお忙しい中、教員として来てくださる…何かの前触れかと思えるほどのお方を貴女という方は呼び捨てをなさるなんて…!何という世間知らずの汚らわしい女ですこと!」
た、大貴…これを楽しみたかったんじゃない?そういえば学校なのに妙に機嫌が良かった。それって…娘がどうなってもいいってこと?それとも今までの我侭への仕返し?ならばこっちとしてはこの大きな誤解を解きたい。
「…でもこれって言ってもいいことなのかな?」
気遣ってこそこそと喋ったつもりだったけどそれが余計に気にくわなかったみたい。すごい怖い顔してる。
「す、すみませんっ!ちょっと確認させてくださいぃっ。」
そして私は翔と直樹の方へ急いで行った。翔と直樹は浩也と喋っていた。
「あ、あの…」
「粗方話は解るから大丈夫よ。…やけどこういうやつの決定権は全部執事長で…」
「例年なら居ても問題ないんだけど今年は龍二の高校受験だから真面目に中学行かせたいんだ。」
「あ、あの…ならば私が大貴様の所へ…向かいます。今なら多分寝ていらっしゃる。」
それだけ言うと浩也は教室を駆け出した。
「ね、ねぇ…休み時間長くない?授業も長かった気が…」
「まぁ此処は高校っちゅうには制度が違いすぎるからなぁ…一時間授業で休み時間も一時間。一日四時間授業やからな。」
そ、それ高校生の時間割じゃないよっ!…と言った所で何にもならないか。とりあえず現状報告をしないとあの子が今かなり怖い顔でこっち見てる…
「とりあえずあの子たちに伝えなあかんよな…玲実を汚らわしい世間知らずの野郎っつったよなァ?何ならコイツ使って動けなくしてやりたいんやけど。」
翔はもう怒りが爆発せずに黒いモノを醸し出している。
「それは僕も思った。ピーちゃんも協力するって言ってくれてるし…ピーちゃんに八つ裂きにしてもらう?」
直樹が…いつもこういうときは笑顔で諭すような顔をする直樹が文字通り無表情。正気じゃないなんて…
「それはやり過ぎ。向こうが死んじゃうよ…ダメ。絶対にダメだからね。」
「な、何それ…」
「殺さないよ。少しだけ、ね?良いでしょ?ちょっとだけ痛い目見てもらうだけだから…お願い。」
直樹は少しだけ笑いを出してきた。
「あんな、玲実は優しいからそうやって許せるんやろうけど、こっちは大切な主を侮辱されてん。多分同じことしたらあそこにおるあの子の執事も同じように怒るわ。」
「ということで一緒に付いてく。…我侭やけど許して。伊東グループのプライドに関わる。」
そうしてすでにキレてる翔と満面の笑顔に怒と書いてある直樹と一緒にあの子の元へと戻っていった。
「…随分楽しそうですのね。」
「そういう付き合いしてるんで…」
「こちらが話しかけたのに堂々と抜けて男と嗜むなんて…一体どんな教育を受けてらしたの?」
そんなこと言われても…
「至って普通の生活を…」
「あのさ…確かに抜けてきたのはどうかと思うかもしれないけど無断でやったらあかんことってあるやろ?確認をとらなあかんってことは教育っちゅうもんを受けてたら解るはずや。彼女はそれをしてくれただけや。」
この声は相当危ないときだ…何かもの凄くドキドキしてくるし、何故か何処からか罪悪感に似た何かを感じる…
「まあまあ焦っても何もないよっ。気長に待とう。休み時間は幸いなことにまだいっぱいある。それにさ、こういうことの権利は全部大貴様がもっていらっしゃる。勝手に進めていい話と違うからね…それにしても久しぶりに喋った気がする。」
翔は唐突に結実に話題をふった。
「だ、だって直樹…何も話しかけてこないじゃん。」
なんだろうこの若干気まずい雰囲気は…
「特に喋る必要なかったし…」
「でも…っ!少しくらい、話してくれてもよかったんじゃない?あの子のこと、とか…」
その時、教室のドアが勢いよく開き、息を切らした浩也が入ってきた。
「大貴様に確認を取ってきましたが…その、話してよかったそうです。寧ろ、話して会話のきっかけ作りにでもしなさいという意図があったそうです。」
「…大貴らしいね、それ。」
可笑しくって笑えてきた。言っても大丈夫なら、はっきりと言える。少しだけモヤモヤが消えた。
「…お待たせしました。あの、大貴は父親です。…お父さんって私が呼べなくて、そしたら大貴と呼べって言われてきました。だから私はずっと大貴と呼んでいました。そして今日、学校でも大貴と呼ぶようにってきつく言われていたから大貴を呼び捨てにして…気に障ることしてしまってごめんなさい。」
「で、では貴女は伊東グループご子息…」
女の子の顔が見る見る青ざめていった。
でもよくよく考えてみるとこの子の言ってる通りだ。
「…ということになる、のか。大貴ってあんまり家の事話してくれないからよく知らないの。ごめんなさい。」
「あ、謝るのはこちらですっ!失礼しましたっ!」
そう言うやすぐに去って行った。
「…待ってっ!」
相手の子はすぐにピタッと止まった。
「私が黙ってたのも原因だから…それに、私は何にも気にしてない。どうかこれからも話しかけて…?正直怖かったけど話しかけてくれたのは嬉しかったから。」
向こうは振り返らないけど私はニッて笑った。しかし女の子は無反応で去ってしまった。追いかけたくなって自然と出た右手を翔が制した。
「ええから。玲実、相手がそう言ってくれてるんやから素直に受け取ってあげるのもときには大事やで。」
「やっぱり…」
ふと結実の声がした。結実の方を見ると震えているのがすぐに分かった。
「伊東って名字を聞いてからずっと気になってたんだけど…やっぱり貴女が玲実。確信した。貴女が…私がずっと探してた玲実なんでしょ?」
…これには流石に頷くしかない。翔や直樹の方を見てもどうしようもないと顔に書いてある。
「玲実…私のこと、覚えてる?」
自然と頷けた。結実が…私のことを覚えてくれていた。
「もう…二年間長すぎたよ…待たせすぎ。」
結実は堪えていた涙をぽろぽろと落とした。だめ…私も泣きそう。
「ね、結実。どうして私のことを…」
「友達だから…」