次の日はあっという間に過ぎた。翔、直樹、佐藤さん、大貴と一緒に学校へ行った。翔、直樹、佐藤さんは学校で、私は編入テストを一日受けた。大貴は試験官として側にいてくれた。大貴は合格していたら明日、私の部屋に制服を掛けておくと言った。

そしてその運命の翌日。起きてクローゼットに行くと制服が掛けられていた。私立の有名な高校の制服。奨学金制度もあるが、基本高貴な家柄の人たちばかりがいる高校。
「これ…」
合格したんだ。
結実が着ている姿を想像していたら楽しくなった。私も、そこにいける…結実に会える!
私はすぐに袖を通した。
過ぎた事は何も変えられない。だけどこれからは変えられる。少しだけ、やってみよう。
そう決意して、みんなのいるダイニングへと足を進めた。

「おはよう。」
ダイニングに入ってそう言った。ダイニングには既にみんながいた。先生はスーツ、翔と直樹は制服、鈴木さん、佐藤さん、龍二さんの三人は執事服を着ていた。
「…おはようございます。」
私を見るなり佐藤さんはあいさつしてくれたけど敬語に戻ってる。
「佐藤さんってば…敬語は無しの約束じゃなかった?」
「義統。どういうことか説明してくれますか?」
うわ…先生の冗談通じない声だ。久しぶりに聞いたけど相変わらず怖い…
佐藤さんのせいじゃなくて私がお願いしたことだし。私が言おう。
「た、大貴。私がお願いしたことだから佐藤さんを攻めないで…佐藤さん、翔とは普通に喋ってるのに私になった途端敬語になるのが距離取られたみたいで辛くて嫌で…だから敬語は無しにしてって私が頼んだ…すみません。」
「だめですね…玲実に言われると反論ができない。義統。我が家では許します。しかし外では世界からの視線がありますから認めません。…玲実、こちらの意見も少しはきいてくれますよね?」
社会的地位が高いことは、そういうことなんだろう…でも、家で普通に会話できるなら構わない。
私は頷いた。
「無論、翔と直樹は最近言葉に緩みが出ています。気を付けなさい。言葉とは、敬意が出やすいものです。」
制服姿で仕事をしていた翔と直樹の背中がピキッと固まった。
「あ、あのそのえと…しょ、食事の準備が出来ております。」
鈴木さんの言葉で私の朝ご飯が始まった。そして翔と直樹が正常に動き出した。

朝は野菜が中心の軽めのご飯だった。車で送迎してもらえるらしく、すぐに身支度を整えて車へみんなと乗り込んだ。運転は佐藤さんだった。
「…運転手が低血圧なので朝は仕方ありません。」
佐藤さんはそう言ってたけど…そういう問題なのかどうか気になる。だけど、あんまり深く聞かないようにしようと思った。
どうやら敷地面積がかなり広いらしく、郊外に学校があるみたい。そのためか自動車通学が許可されている。
「玲実、どうか黒杜を名乗らないように気を付けて。」
「解った。ありがとう、大貴。」
「それから例え学校内でも僕のことは大貴と呼んでください。敬語も許しません。職員室のみ先生呼びと敬語をを許します。それと、翔と直樹から離れずに。あとは…」
車の中、大貴はずっとこんな調子で私に注意を言い聞かせた。
「伊東グループとして、学校では過ごすように。」
「大丈夫だよ、大貴。…一つお願いしてもいい?」
「何ですか?」
「大貴も敬語やめない?」
「…それはいけません。ボロが出てしまう。玲実、信頼のためにも僕は敬語を続けます。」
「う、うん…ごめん。」
ちょとだけショックだったけど仕方ない。大貴から敬語で接するなと言われた。だから私は大貴に対してタメ口で話すように努力しているんだけど大貴は何時までも私には敬語らしい。…ちょっと淋しい気分。
そんなことを話していると学校に着いた。佐藤さんがドアを開けてくれて、鈴木さんが荷物を持ってくれた。私は自分で持つと言ったけど全員から拒否されてしまった。
「郷に入っては郷に従え、ですよ。玲実、彼に任せなさい。」
…どうやら私の常識が通用する世界では無い。ま、知ってたことだけど。
「…人がすごいです。さすが玲実様。」
「ほんと、いい迷惑です。娘とただ歩いているだけで何をじろじろと…はしたない。やはり、玲実のそのオーラですかね…」
大貴は私に笑いかけると頭をポンポンってして…って何かすっごい見られてる…
「ちょっと大貴…恥ずかしい。」
「ならば堂々として。余計に見られますよ。」
「解った…」
半ば強引な解決法の気もするけど…
「翔と直樹は義統と教室へ行きなさい。浩也は僕と玲実とともに行動なさい。解りましたね。」
全員無言で胸に手を当てて一礼した。そして三人は行ってしまった。
「鈴木さん、浩也って名前なんだ…初めて知った。」
「いつも鈴木ですからね。」
鈴木さんは苦笑した。
「浩也。人前で表情を崩すなといつも言っているでしょう。」
大貴の怒り声が聞こえた。
「ごめん。私が鈴木さんに変な話題ふったから…大貴、元凶は私だから鈴木さんを怒らないで。お願い…」
「…早く校長室に行きましょう。」
大貴はそれだけ言って溜め息を一つすると歩き出した。…やっぱり最近ずっと大貴に甘えてばっかりだったから、かな…嫌われ始めるかも。もう少し控えないと。
そんなことを思いつつ、とりあえず今は先生と一緒に校長室へ行くことにした。
校長室に着き、ノックをして扉を開けた。するとそこにはにこやかな顔をした校長先生がいた。
「ようこそ、わが瀬蘭高校へ。編入おめでとう!流石は伊東先生の娘さんだ。成績は奨学生より遥かに上だっだよ。」
校長先生の気持ちはかなり高めだった。
「あ…ありがとうございます。」
「これでは奨学生制度を一部変えなければいけない。奨学生の条件は首席キープ。首席で無くなると追試。追試で首席の得点を越えられなかったら退学だが…それでは奨学生はすぐに退学しなくてはならなくなる。彼女は貴女ほどではないがとても優秀で我が校には必要な存在だ。」
彼女…ということは女の子なんだ。
「そこで、貴女は例外として考えさせていただきます。貴女が例え首席を取ったとしても彼女が二位ならば彼女の追試は無し。この意味が解りますか?」
この意味…私のせいで高校の制度が一部変更されたなんてすごすぎる。ちょっと大げさな気もするけどとりあえず解ったということで頷いておいた。
「伊東先生、話は終わりましたから後はよろしく頼みます。…伊東さん、是非この高校生活を楽しんで。」
そう言って校長先生は笑って私たち二人を送り出してくれた。
一礼して扉を閉めた途端、どっと肩の荷が降りた。
「玲実、一つ言っておきます。奨学生というのが結実です。彼女の場合はそうしないとこの高校に入れるほどの財力がないのですから。それと…」
大貴は私を見て微笑むと頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「編入試験、お疲れ様でした。あの校長にああ言わせるとは…流石です。」
「あの校長先生…もしかしてかなり厳しい先生?」
「かなりどころではありませんよ、あれは…あれを鬼と呼ばずに誰を鬼と…」
そ、そうなんだ。怒らせないように努力しよう…というか努力するしかない。
「今日は職員会議もパスさせて頂きましたし少しゆっくり休みましょう。まだ三十分は休める…」
大貴はそうぶつくさ言いながら歩き始めた。そして伊東大貴と書かれた部屋まで来た。
「私の自室です。…ここは教師一人に一部屋があるから助かります。その代わり準備室がありませんがね。」
そう言うとすぐに部屋へ入っていった。
中は広く、ベッドもある。大貴はすぐにネクタイを緩めるとベッドで横になった。
「お休みなさいませ大貴様。」
「ね、鈴木さん。奥で話し相手になってくれる?」
「勿論です。」
お互いに小声で言うと離れたところにある椅子に腰かけた。
「ね、唐突なんだけどさ…鈴木さんのこと、浩也って呼んでも良い?」
「どうしてそんな突然に?」
「何かね、大貴が鈴木さんのこと浩也って呼ぶのが羨ましくて…私、いつも鈴木さんって言うし…何となく、なんだけど浩也って呼びたい。名字で呼んでるの、鈴木さんと佐藤さんだけだし…だめですか?」
「滅相もないです…ここだけの話です。僕は昔捨てられたんです。それを大貴様が拾ってくださった。そして僕は鈴木浩也となりました。その名を玲実様もお呼びになるとは…光栄です。」
「ありがと浩也。」
するとふっと自然に笑みが零れた。嬉しい。
「お嬢様、失礼します。」
浩也はすっと席を立つとティーポットがあるほうへと向かった。
「そろそろ大貴様の紅茶を。」
そう言うと手際よく紅茶を作った。そして不快な思いをさせることなくすんなりと大貴を起こし、全てが時間に間に合うようにした。
「玲実…頑張りなさい。」
「うん。」
そして私は一歩を踏み出した。

「い、伊東玲実です。よろしくお願いします。」
緊張して何も言えなかったけど…とりあえず言えた。
そして前に立ってすぐ、結実の姿を探した。結実は中学の時より一層可愛らしくなっていた。まるで別人みたい。長かった髪は肩くらいの長さになっていて少し動くだけで髪の毛がふわりと天使のように揺れた。可愛くなってたのだが、それよりも大人っぽい綺麗さがあった。本当に人が変わって見えた。だけどすぐに結実だって解った。本能がそう言ってた。彼女が結実だって…
私の席はそんな結実の後ろだった。

一時間目、初めての高校の授業は大貴の物理だったけど私は自分の脳みそを疑った。
解らない問題。みたこともない問題…のはずなのに私にははっきりと解った。解き方はもちろん、答えもすぐに理解した。物理自体、今日が初めての経験なのに…中学でやるって言われてた原子記号も勉強する前に中学が終わったのに…
一時間目が終わるとすぐに結実が話し掛けてきた。
「伊東さん…だっけ。私、黒杜結実って言うんだけど伊東さんって凄く中学の友達に似てるの。」
…そっか。お母さんの娘は結実なんだから、結実が黒杜を名乗ってる。私は絶対に黒杜と口走ってはいけない。でも結実と親しくなるのは自由だ。
「玲実って呼んでよ。伊東さんなんて余所余所しいのは抜きにしない?」
「その言葉…あのね玲実、聞いてくれる?」
私は頷いた。
「…ありがとう。それでね、その友達っていうのが凄く容姿も声も玲実そっくりで…私の大切な友達だったんだけど二年生のときに急に学校に来なくなった。翔とかに聞いたら玲実は倒れたって聞いて…クラスの子は玲実の存在を忘れた。…もしかしたら夢だったのかもって思ったこともある。だけどね、何かまだ終わってない気がした。それで翔と直樹がこの高校受けるって聞いて猛勉強した。何か二人に付いていけば玲実に会えそうで…そしたら今日貴女に出会った。何もかも玲実にそっくりでびっくりした。名前の漢字まで一緒で…他人に思えない。さっきの玲実の言葉も玲実が私に初めて喋ってくれた言葉と同じ。嬉しかった」
…結実は私のことを覚えてる。でもどうして?私のことを覚えてくれていたの?私を覚えていたのはこの世界に関係のある人たちばかり。じゃ、結実も…?でもそんなこと気軽に聞けないしどうするべきなんだろう…
「…で、でも他人なんじゃない?私はずっと大貴のもとにいて、結実とも今日会った…」
「大貴…伊東先生のこと?」
しまった…もしかしたらバレるかもしれない。大貴なら…翔たちと一緒にいるから結実と知り合いだ。しかも前は結実が大貴の娘だったんだし…
「…すごい。伊東先生のこと呼び捨てできる人初めて。」
どうしよう。早く鳴ってほしいチャイム…というか休み時間長くない?
「伊東先生とって…ね、どういう関係?」
「た、大貴はただの…」
「ちょっと貴女、いいかしら?」