夜、大貴先生のことを半ば諦めてベッドに入ったときだ。龍二さんがノックもせずに入ってきた。
「大貴様が戻られました。」
良かった…話ができる。…一か八かの交渉、絶対にものにしてみせよう!
龍二さんに連れられて、大貴先生の部屋を急いだ。
「…失礼します。」
ノックをして入る。二回目の先生の部屋。どこか淋しい無機質な部屋。
「えと…おかえりなさい、で大丈夫ですか?」
「はい、ただいま。…ところで何の用件ですか?」
「…先生。私、今日は地下牢に行きました。」
先生の眉毛がクッと上がった。だけど私は続ける。
「単刀直入に言います。地下牢の権利を下さい。お願いします。用件はそれです。」
「…」
先生は暫く黙っていた。そして重々しく口を開いた。
「玲実は意外と大きな決断をする人なんですね。」
「…生徒なんて基本こんなものですよ。先生には尚更…友達にもほんとうの自分は見せないんです。家に帰って初めて本当の自分を出すんです。それが私。」
笑ってやった。すると先生も笑った。不敵な笑みだったけど…
「もし仮に権利を与えたとして、地下牢をどうするつもりですか?」
「無くします。」
先生の眉がクッと上がった。
「そのことを…解って言っていますか?」
先生の冷めた声。この声が相当怒っている証であることを私は知っている。一年の時、無茶をして事故に遭いかけた男子を怒ったときに聞いた声だ。あのときは周りに居た生徒全員が大貴先生に一歩引いていた。
…でも、ここで怯むわけにはいかない。
「解ってます。でもあの場所の在り方は間違っていると思うんです。地下牢で話をしてきました…みんなが反逆者ではありませんでした。証拠もなく、反逆者とみなされた者は全員地下牢とは納得できないです。」
「いけません。」
「どうしてですかっ?!理由が解りません。」
「娘を守りたいと思うことのどこに理由がいるのですか!?…あなたは大切な教え子であったと同時に大切な娘なんです。お願いです。こちらの想いも受け取って下さい。」
「解りたくない…だって先生への想いがあった人もあの中に入れられていましたんですよ?そんなの理不尽です。無茶なことはしません。絶対に。だから…」
暫くの間、沈黙が続いた。ほんの数分のはずなのにいやに長く感じた。
「解りました。…龍二。」
「はい。」
今までのやりとりを見ていた龍二さんはやっと口を開いた。
「彼女を頼みます。玲実、何か無茶なことをした場合、即座に権利は剥奪させてもらいますからね。」
そう言って先生はふっと笑みを零した。
「ありがとうございます、先生。」
「私にではなく、龍二に言いなさい。龍二が共に地下牢の管理を手伝うのですから。」
私は龍二さんの方を向いた。
「龍二さん。ありがと…っ」
な、ななな何?この眠気、いきなりきた…眠い。眠いのに瞼が下がらない。もう、立ってられない…
「お……だ…か?」
お、おだか?織田じゃないよ…そういう訳ではないか。いやいや…その間にも龍二さんは何か喋ってる。心配そうな顔…何て言ってるの?聞こえない…体の彼方此方が痛い。体は震え、激しい痛みと眠気に襲われる。特に魔印のある右足が痛い…っ!
先生と龍二さんは深刻そうな顔で喋り始めた。龍二さんは頷くとすぐに部屋を出て行った。先生は私の手を取る。先生の話す言葉も全然聞き取れない…
しばらくすると、扉が勢いよく開いた。龍二さんの他にみんなが入ってきた。
「れ……うぶか」
れ?うぶか?翔…それは何?言葉が解んない…
「…お嬢様。」
鈴木さんの声がはっきりと聞こえた。
「お嬢様、私の声が聞こえたならばどうかお顔を此方に向けてください。」
私は鈴木さんの方に顔を向けようとした。…うまく向けないけど。
「ありがとうございます、お嬢様。これから佐藤さんがベッドまで運んで下さいます。直樹、大貴様を…」
そう言うと佐藤さんが私を抱き上げた。直樹は倒れそうな先生を支えている。
鈴木さん、いつもよりすごいはきはきしてる…
鈴木さんは私の手を取った。
「お嬢様…経験者としてお伝え致します。これから起こることは過酷なことです。辛いことです。ですが隣には僕たちがいます。必ず、お側を離れることはありません…絶対に。絶対に必ずです。このことをどうかその胸のうちに置いてください。」
意味ありげな言葉を言う鈴木さん。私にはよく解らない。だけど大切なことなんだろうということは解った。
「今は判断に苦しむかと思います。でも絶対にこの意味が解ります。隣には僕たちがいます。お嬢様は一人ではありません。」
鈴木さんの真剣な表情を見ると不思議と安心感があった。その安心感を感じた私は意識を手放した。
「大丈夫です。必ず僕が護ってみせますからね…」
薄れていく意識の中で、鈴木さんの声がはっきりと聞こえた。