…あれ?どうしてふかふかしているの?確か…何かをしていたはずなんだけど…
私はふらふらとする意識の中で重い瞼を開けた。
「もう大丈夫…?」
横から優しい声がした。
「翔…私、何がどうなって…」
「まだ寝起きやねんからゆっくり休み。」
「…っ!そうだ、私…紅茶を飲んで、それから…」
「あれは眠くなる効果を含んどる。せやから飲んだら眠くなったんや」
そういえば、心がふわふわして眠くなったのは紅茶を飲んでからで、その紅茶を準備したのは確かロイ…じゃあ、あれを準備したロイは?どうしてロイが?
「ロイは…」
「あいつのことは放っといてええ。玲実への裏切りは大貴様への裏切りや。そんなやつなんて心配する価値すらない…」
じゃあどうしてそんな悲しい顔してるの?そんなこと言ってもロイは大切なんじゃないの?
「お願い。お願いだからロイに…ロイに会わせて。…少しだけでいいから…お願いっ」
「ロイは地下牢に入れた。会いたいなら俺に頼んでもムダや。」
『ムダ』…そんな一言で片付ける必要ないのに…
「でも、あいつならいける。なぁ、玲実…執事長に頼み。室次長が鍵を管理しとるから…」
私は無言で頷くとベッドから飛び出した。勢いよくドアを開けると運良く執事長が立っていた。
「ロイのことでしょう?…大丈夫です。少しだけなら、会わせてあげられます。しかし彼は反逆者に等しい人材です。正直に申しますと私は反対です。」
「そんなこと……でも会いたいの。…どうしても伝えたいことがある。」
「…」
「……」
執事長は黙っている。私は念をおすしかない。ひたすらおしつづけよう。
「…承知致しました。ですが、くれぐれもご注意を。」
「ありがとう。」
「地下牢へはこの道です。」
執事長の案内によって私は地下牢への階段を一段、また一段と降りていった。
降りていく度に感じる寒さ。初夏とは思えないくらい冷えている。そして地下牢に着く頃にはまるで極寒の地にでもいるかのような寒さだった。日の光も当たらない此処は薄暗くて、本当に気味が悪い。
執事長は少し躊躇っていたけど扉を開けてくれた。扉を開くとそこには沢山の牢があった。そして沢山の閉じ込められた人々。全てみんなの言う『反逆者』なのだろうか…?
私は、一歩を出す度に人々から攻撃的な視線を浴びた。
「…っ。ロイっ!」
歩いて暫く経ったときだ。私はすぐにロイを見つけた。
「っ!」
私の声に気付いたロイだったけど私を見るなり厳しい目付きになった。そして首をゆっくりと振る。私は来るなということか…でも諦められない。なんとしても話したい。言うべきことは決まっている。
「ロイ、話がしたい。」
ロイは奥の方へと姿を消してしまった。まだ言ってない。言えてない。どうしても言いたいこと…
「ロイ、お願いがあって来た。ロイがそのお願いを聞いてくれるまで私は此処にいる。そのままでもいいから私の話を聞いてほしい。」
…ただでさえ話すのは苦手なのにこんな大勢の前で一人で喋るのって正直しんどい。周りの視線は増す一方だし…でも言わなくちゃダメ。絶対後悔する。それに執事長にムリ言って連れてきてもらった意味がない。
「ごめんなさい。」
周りは息を呑んだ。どんな雰囲気なのか、視覚が遮られているからよく解らない。だけど周りのハッという息が聞こえた。
「…」
ロイの声だけは聞こえない。
「ロイは、私のことを覚えていてくれた。だけど私は全然覚えてなくて…自分の名前すら知らなくて、反逆したくなるくらい、私はロイに酷いことをしたはず、なのに…なのに何も覚えていないなんて酷い…殺されても可笑しくないって私は思うの。本当に、なんにも気付かなかった。ロイの気持ちに気付けなかった…私、何も出来なくて勝手に倒れてロイを閉じ込めてる。一言で片付けて申し訳ないって、いけないことだって解るのに言葉が見つからない…ごめんなさい。」
力が入らない…ふらふらする。
私は柵にしがみついた。そして柵を辿って地面に座り込んだ。柵に凭れた。すると後ろから厳しい声がした。
「帰れっ!そんなに力がないなら此処には来るな、俺には絶対近づくなっ!」
「いやだ。絶対に帰らない。わがままでいい。記憶が無くてもロイは大切な人だって心がそう言ってる…ロイが私をそう思わせるのっ!だから…だから私も譲れない。負けを認めたみたいで…それだけは絶対にいや。これは私のプライドも含まれてるの。私にはあなたが必要なんだから…」
「帰れよフロリナ…これ以上こんなところに居るなよ。頼むからさ…」
「…私、此処で帰ったらロイを一生手放しそうな気がするの。ロイが辛いなら私、もう一回あの紅茶飲むよ。ロイが側に居られないなら私が此処で側にいる。私のこと、みんな覚えていないの。ほんの数時間しか一緒にいないロイも私にとっては大切な人。だから、いやだ。」
「フロリナ…っ」
首元が不吉な音と共に濡れた。
「ロイ…?ちょ、ちょっと何やってんのっ?!」
「お前が悪い。こっちは必死で制御してる気持ちを堂々とブチ破ってくるなんて…理性を守れって方が無駄だ。」
「…それは違うと思う。ロイはそんなことしないもん。ロイって結構シャイなところあるしね。手、震えてる。」
「あ、あのぉ…」
向かいの牢からか細い声がした。
「さっきからフロリナって声が聞こえたのですが…貴女は、その…王女、なのですか?」
…そんなおどおどと挙手して喋らなくてもいいのに。此処の人たちにとって私はやっぱり憎むべき人たち、なのかな…
「そう、だけど…私、数日前にいきなり次期魔王って言われて、魔王っていうのも担任だし…私、自分の名前すら知らなかったもんだから自分の中でもまだ整理しきれていない。元の親からも世間からも私の存在は消えた。自分について解るのはこのくらい…ごめん。何にも言えなくて…というか答えになってなくて…」
「いえ、此処まで話してくれたんですから十分です。辛いところをありがとうございます。」
すると男の子はクイッと指を動かした。私は胸ぐらを捕まれたような姿勢になり、男の子の前まで連れていかれた。
「…しかしあなたは魔王というには不相応な気がします。反逆者にまで優しすぎる。」
「それは…だってどのくらい酷いことをしたのかも解らないのに悪い人って決めつけて接するのはおかしいと思ったから、で…」
更に近づけられた。…柵が目の前にあるんですけどっ!怖いってば…
「その考えが甘いと言いたいんです…敵陣にまで堂々と自分のことを喋るなんて。魔王としてすごく醜いですよ、反逆者に簡単に操られているその姿。」
「それは違う。だって次期魔王って言われたのは少し前で、自分でも信じたくなくて逃げてた。それにこっちに非があったから逆襲をしたんじゃないの?」
「そんなの…あ、貴女には関係ありませんっ!」
胸ぐらをつかむ力が増した。こ、これはちょっと流石にしんどい…
「あ…そういえば………」
ポケットの中に手を突っ込んだ。入っていますように…あ、これだ。あって良かった…
「鈴木さん、直樹、執事長…じゃなくて龍二さんっ!」
そう、ポケットに入っていた魔方陣だ。叫ぶとほぼ同時に煙が現れ三人がいた。
「お、お嬢様っ!」
「あ、あのそのえと…な、ど、どうかしなくてもトラブル…?」
「あーれま。目撃しちゃった。」
男の子も顔をしかめるほかなかった。でも私はこうしたかったんじゃない。止めたかっただけ。この『閉じ込められる』という状況を阻止したかった。
「…結局お前も同じなんだな。少しくらい話の解るやつだと思ったのに。」
男の子は大きな声で喋った。…絶対わざとだ。
「私、そこまで見込みなかった?」
「ええ。」
「お前…玲実になんてことっ!…大罪だぞ。」
「ちょっと待って直樹。…まず、彼はどうして牢の中に?理由を教えて。」
「…彼は凡ミスを絶やさなくて、中には悪意の塊のようなミスもあった。それで、あの日彼は…彼に、大貴様の処分が降りました。」
「それだけ?…反逆の証拠品は?それと、彼に聞くけどあなたは反逆の思いがあってしたの?」
「…ありましたよ。確かに僕はワザとやってました。」
「じゃあどうしてそう辛そうに言うの?泣いてるよ。本当はいま嘘吐いてるでしょ?いま嘘は吐かないでほしい。…悲しいなら悲しいって言って。辛いなら辛いって言葉にして。それが出来ないのかもしれないけど、でも自分にだけは嘘吐かないで。嘘は他人にだけでいい。」
「いい加減にしてくださいっ!僕はもってしていたんです。嘘なんて何一つ吐いてない!」
「それが嘘だって言ってるの。もしそれが本当なら、堂々としてよ。泣かないでよ。私、本当の反逆者を泣かせることなんて言ってない。泣く必要のないことばかり言ってる。…あなたをまだ知らないっていうのもあると思うけど、だけど私にも解るものはある。…あなたはいま、嘘を吐いてる。」
「…そんなこと、ない、ですよ。」
「じゃあどうしていま弱気になるの?」
「だってどうすればいいかなんて解らないからっ!…僕は、どうすればいいの?」
「…十三年しか生きていない私が言えることじゃないけど笑えばいい。嘘でも笑えるうちは大丈夫っていうでしょ?」
私も笑ってみせた。
「あなたは本当に、酷い人です…」
引っ張られていた力は無くなり、私は地面にストンと座り込んだ。
「僕が大貴様に悪意?そんなの、あるわけないじゃないですか…でも僕はミスばかりで挙句の果てには重大な失敗をしてしまった。こんな僕は反逆者と見られても何も言い返せない。」
「重大な失敗ってどんなこと?そんなあやふやな言葉じゃ解らないよ…」
「家宝…というか、魔界の宝である人間界と魔界を繋ぐ鍵を壊しました。そしてその罪を大貴様が被りました。」
どれだけ重大なのか気になってたのに…結構緩いな…
「それだけ?」
「そんな軽いものではありませんっ!…僕の罪は、反逆に等しいのです。」
「私にとってそれは大罪って言わない。どうして壊れたとかさ、そういう詳しい事情は知らないけど…それよりも大きな罪はいっぱいある。なんかこういう状況の方が辛い。壊したものは直らない。でも壊れたものはまた元に戻れる。だけどこの状況は…私はこの方がよっぽど大罪だと思う。ま、私個人としての意見だけどね。」
私はニッと笑ってみた。
「ごめんね、変な話して…私にとやかく言われたくないだろうけど…だってずっと大貴先生を見てたんだから私の価値観押し付けても嬉しくないだろうし。また今度来ても良い?」
「問題ない、です…。」
良かった…これで断られていたら元も子もない。私は去ろうとしたけど、そこで言い忘れに気付いた。これは言っとかないと…
私は振り返る。そしてあの男の子に伝えたいことを告げた。
「一番の大罪は、自分の生きる意味…存在価値を見失うことだから。それは哀しいことであり、してはいけないこと。それだけは覚えておいて。じゃ、私はこれで…みんな、いこう。」
出口に向かって走った。振り返るのはしないでいよう。とにかく今は、自分の向かう場所にいこう。
後ろからは三人の追いかけてくる音が聞こえる。
「…ね、今日って大貴先生帰ってくる?大貴先生と話がしたいから。」
後ろに聞こえるように言った。
「大丈夫です。私がなんとか致します。」
「ありがと、龍二さん。」
そのときだった。出口の光りが見えた。私は速度を上げ、そのまま外へ出た。