召喚が終わり、今日は一先ず終了。
部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、田辺くんに呼び止められた。
どうやら、休日に遊びにいかないかってお誘いみたい。執事、お嬢様、魔王、学校…いろいろな今までのことを全部忘れて遊ぼうってことみたい。
休日…遊び…
私は、笑顔で行きたいと伝えた。すると、田辺くんも、笑顔で返してくれた。
「…ところで、何処に?」
「あんたの行きたいところ。何処でもええよ。」
「じゃあ、図書か…」
「遊園地なっ!じゃあそう伝えとくわっ。」
…お、おはなしが通じてない…!
田辺くんは、何事も無かったように去っていった。
「あれで執事とか…聞いて呆れる。」
いきなり声がした。急いで振り返っても誰も居ない。目の前にも居ない。
「…この魔王様も魔王様だよな。上だ、上。」
見上げると、男の子がいた。男の子と言っても、私より数段年上に見える。ただ…態度がかなり大きい。男の子は、すぅーっと下へ降りてきた。その顔を見た瞬間、その紅い髪を見た瞬間、私は懐かしく感じた。何故かは分からない。だけど、名前が思い浮かぶ。
「…ロイ?」
黒と赤の混じった紅い髪。そしてスラッとした体格。気が付くと、私はその子をロイと呼んでいた。
「それ…そういうところは分かってるんだ…」
い、いや…よく分からないんだけど…口が勝手に動いただけ…
と、言ってもきっと逆ギレされそうなだけに思えたから、あえて言わなかった。だって、仏頂面をしていたのに、ロイって名前を呼ぶと、一気に嬉しそうな顔をしたから。
「久しぶりだな、フロリナ。…で?魔印は?」
フロリナと呼ばれ、少し戸惑った。
「やっぱり…私、フロリナって名前なの?」
「何言ってんだよ…フロリナ。まさか、自分の名前忘れたのか?…魔印は?ちゃんとあるのかっ?」
かなり焦った顔をして、ロイは私の右足の靴下を降ろした。そして、痣が目に入った瞬間、安堵の表情を浮かべた。
「魔印はあった、か…」
どうやら、この痣みたいなものを魔印と呼ぶらしい。
「…フロリナ。自分の名前は何だと思っている?それと、俺は覚えているか?…正直に答えてくれ。」
「自分は、玲実だと思ってる。それと…ごめん。ロイって名前しか分からない…」
「玲実、か…でも。俺はフロリナって呼ぶからなっ。…部屋に付いて行っていいか?」
私は頷いた。悪い人じゃない。そして、大切な人だって…私の直感が言ったから。

部屋に入ると、ロイと色々なことを話した。ロイは、私が思っていること、感じたこと、たくさんの私の話を聞いてくれた。
「…フロリナ。ほんとに…」
そこで、ロイは一旦おいた。
「…お疲れ。」
お疲れ。その言葉が、胸に響いた。皆には忘れられたけど…でももうそんな迷うことはない。だって一人じゃない。執事の皆が、大貴先生が側にいる。それがどれだけ支えになったか…
確かに、いきなり訳分かんない事言われて信じられなくて、誰も信じられなくなって、心はすごく痛んだ。
でも、皆はこんな私だけど…ううん、こういう私を受け止めて、そして支えてくれた。
「ありがとう、ロイ。」
今は、ロイという新しいような懐かしいような人とも出会うことが出来た。
「お、おう…でも礼は良いんだよ。なんか俺には似合わねぇ」
「そんなことないよっ!…だって今、こうして私の気持ちを聞いてくれたのは、ロイだから。」
「なぁなぁ。仲良うしとるとこ悪いんやけど、混ざって良え?」
いきなりの声にびっくりした。声の主は口調で分かる。田辺くんだ。にこぉっと笑みを浮かべているが、それが逆に怖い。
「ロイってさぁ、いつの間に仲良ぉなったん?」
「あ、あの…さ、田辺くん。」
「翔。直樹は直樹っちゅうふうに言ったのになんで俺は『田辺くん』のままなん?」
「そっ、それは…」
召喚の練習のときについ直樹って呼んだだけで深い理由はない、なんて絶対言えないよ。
言葉に迷う私。
「それにロイも呼び捨て。執事長やて龍二さん言うたのに…なんで俺だけ『田辺くん』のままなん?」
「で、でも…みんな『玲実』とかって言ってくれるのに田辺くんだけ『アンタ』って言うじゃんっ。」
すると、田辺くんは少し驚いた顔をした。
「じゃあアンタは『お嬢様』とでも言うてほしいんですか?お・じょ・う・さ・まっ!」
「か、翔…またアンタって言った。」
初めて下の名前で呼んだ。何時も『田辺くん』だったから少し恥ずかった。
「玲実っ。…これで良えか?」
半ばヤケクソになっていたが、田辺く…翔は私を『玲実』と呼んでくれた。自然と笑みがこぼれる。
「そんなんでそないな表情したらアカンやろ。…特に俺以外の男には絶対。」
「別にお前だけのフロリナとちゃうやろ。」
「…」
翔は黙り込んで下を向いた。しかし、それは決して落ち込んだものではない。それに気付くのは三十秒後。
ワナワナと震えた翔が口を開いたのは怒りに満ちた表情と共にだった。
「いま、関西弁バカにしたよなァ。エエ加減にすぇえっ!関西圏にお住まいの全ての方に謝るぇえっ」
翔はロイの胸ぐらを掴んで大声をだして怒鳴った。
それに対し、ロイもやり返そうと体制を整えた。
「ちょ、ちょっと待ったコールだしても良いですか!」
その流れにそって止めようとしたらボケてしまった。こういう場合はどうすれば良いのだろうか…でも二人はほんとうにちょっと待ってるし…
「どないしたん?」
翔はロイを床に放り出すと私に笑顔で話しかけてきた。その笑顔が逆に怖い。
「目の前で喧嘩が起こりそうだったから…暴力反対っ!…なんて、ね?」
「そんなん大丈夫やて。魔界人舐めたらアカンよ。」
ロイのときとは打って変わって優しい声。そして優しい口調で言ってくれる。
「でも二人に殴り合いはしてほしくないっ…て思うのはいけないこと?」
「フロリナ…その、悪かった。」
ロイは謝った。別に謝ってほしいわけじゃない。だけど喧嘩にならなければそれで良い。
「…はいっ、じゃあこの話はもうおしまいにしよ。…まず気になったんだけど翔は何でこの部屋に?」
「そうそうっ。緊急告知入ってん。大貴様が今朝仰られたんやけど執事喫茶営業再会やて!」
執事喫茶が再会する。つまり執事に会いたいお嬢様(お客様)がまたわんさか集まるのか…
日曜日に結実からちらりと聞いた情報によるとどうやらこの喫茶は執事喫茶界でもかなりの有名所。『執事喫茶』と検索すると
一番上に出てくるようなお店らしい。
「またか…自由時間減らしやがって」
「でな、玲実がオーナーになって店仕切んねんてっ!」
「は?」
「先生…お店を破綻させる気でしょ。」
「必須☆事項の一環でやるんよ。フォローは俺らもやるし。せやから大丈夫。でな、明日に事務仕事して、明後日からは学校復帰。喫茶はオーナー引き渡しということで臨時閉店してたってことにするらしい。…てか勝手に店閉じんなって屋敷の者全員朝からお説教くらってもた。」
…結構すごいことになってたんだ。
「フロリナ、頑張れよ。」
ロイは少しだけ他人事のように話した。
そんな大層な役、私なんかで大丈夫なのだろうか。少し不安だ。
「…私、お店を壊滅させる未来しか考えられない」
「まぁ、基本は裏の仕事ばかりやし…大丈夫やて。俺等も付いとるし」
「うん…ありがと。」
「あ、これ覚えといてって執事長から。」
そう言って、翔は一枚の紙を渡した。
「解った。」
私は紙を一回も見ずに机の上に置いた。
「…外の空気、吸ってくる。」
「あ…俺も付いてく。」
そう言ってロイが後から付いてきたけど、私は構わずテラスへと向かった。
「…」
テラスへ来てみたはいいけど…この沈黙は流石に気まずい。
「…ね。」
「?何だ?」
「綺麗だね、星…」
私は、特に思ってもないことを言ってしまった。でも、それぐらいしか会話になりそうな話題がない。
「月の方が綺麗だ。」
「…でも月は形が変わる。」
「というか今は昼、なんだけどな…」
言われてから気付いた。確かに外はまだ明るい。
「あ、あはは……はぁ…」
疲れているのかな…?でも私には見える。文字通り降っているかのようなたくさんの星が見えた。
私は、目を伏せてため息を一つ吐いた。
「始まってるな、覚醒。本当に、昼に夜の景色が見えるならの話だけど。」
「嘘っ!…本当に?」
「フロリナに嘘吐いても何にもならない、だろ?」
「それは解らないよ。時には必要な嘘もあるって言うでしょ?」
「…」
「……」
だ、ダメだ…どうしよう。会話に詰まるなんてこと普段はないのに…どうして?どうしてこんなにも会話に困るの?目を合わせることすら大変で、自分がどうしたいのかも全く解らない。
二人で無言でいると突然カチャッと、食器と食器の合わさる音がした。
「そこまで気付かなかったか…フロリナ、少しティータイムの時間を貰えるか?疲れによく効く紅茶があるんだ」
いつの間にかロイは私の側を離れていたなんて…
私は頷くとテラスの中央に置かれてある椅子に腰かけた。テーブルの上には洋菓子やカップが並んでいる。紅茶は蒸らしている最中で、まだカップの中にはなかった。
「好きなの、言え。」
「じゃあスコーンをお願い。」
ロイは笑うとスコーンを取って私の目の前に置いてくれた。
「…こうしているとロイって格好いいね。」
「それって普段は格好良くないってこと?」
「そ、そうじゃなくて…ただ、凄く様になるなって、思って…私じゃ絶対出来ないから。」
「無駄口はいいから…さっさと食え。紅茶も冷めちまう。」
私は紅茶を一口飲んだ。ストレートだったけどとても甘くて美味しい。
「ロイも一緒にどう?」
「俺はいい。一緒に混ざっちまうと護衛の意味ねぇだろ?」
「…ロイって他のみんなと違うなって感じてたんだけどやっぱり執事じゃないの?」
「あいつらと一緒にされてたのか?…俺はどちらかというと衛兵といった表現の方が正しいかもな。」
どんどん知る事実。きっとみんなは知ってることだろうけど私には知らないことだらけだ。もっと知りたいと思う一方で、何も知らない虚しさがある。でも、紅茶はそんな虚しさからも少しだけ開放してくれる。
「…ロイ、私幸せ。」
「な、何を突然言い出すんだ。」
「紅茶が美味しくて幸せだなって思ったの。それだけ。」
どうしたんだろう、私。心がふわふわしてる。
「ロイぃ…うぅ」
「ど、どうしたんだよフロリナっ。」
「しらなぁい。どうもしてないもん」
…瞼が重いだけだよ。
「うぅ…抱っこして?」
そして、ベッドまで運ん…で
「は?ど、どうしたんだよ本当に…」
「玲実、俺でもええか?」
「翔…やっと来たぁ」
「おい田辺、これは一体…」
「玲実は眠くなると会話がなりたたなくなってまう。とりあえず俺がベッドに連れてく。それと、この臭い…この紅茶はリラックス効果があると共に眠くなる効果もたっぷりあるんや。そんでそのまま目を覚まさない可能性も多い。危険な茶葉だとあんたが一番知っとるはずやのに何で無断で使った。」
「…」
「おやすみぃ」
「兎に角今はベッドに運ぶのが先みたいやな…」