……・・・
目を覚ますと其処は、執事がうようよといる部屋だった。私はベッドで寝ていた。しかも見渡すかぎり、この部屋に一つしかないベッドだ。…でもダメだ。意識がぼぉっとしてる。詳しいことはよく解らない。
「…あ。起きた。」
そう言って、あの時私を抱き抱えた執事さんが指をパチンと鳴らした。すると、うようよといたのが、『うじゃうじゃ』といるようになった。しかも皆自由行動していたのに、一気に私のほうへ寄ってきた。
一体此所の執事さんって…指パッチンだけで動くって所がなんか凄い。少しだけ目が覚めた気がする。
「……・・・此所って…」
「…スタッフオンリーの部屋。」
「結実は…」
「…もう閉店時間。今居るのは、貴女とこの部屋にいる執事と執事長だけ。部外者は全員排除した。」
…所々言い方が凄いんだけど…でも、私だって部外者なワケで、初めて来たのにこんな所入って大丈夫なのかな?部外者だし、帰った方がいいんじゃ…
「あ、あの…わ、私もっ…そのっ…かっ、帰りますっ!」
「…だめ。」
ベッドから起き上がった私。あっけなくベッドに逆戻り。
もうっ。何なの?
「…執事長来たから。」
そう言ってドアの方を顎で指した。すると、あの、入り口で出迎えた執事さんが入ってきた。
執事長さんは、私の前に来ると、一つ、咳払いをした。そして、口を開いた。
「執事長を勤めております、桐本龍二です。フロリナお嬢様…と言うより、こうお呼びした方がよろしいですか、魔王様?」
「は?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
「あ、あの…」
「どうかなさいましたか?」
…覗き込まれても別に何もないんだけど、さ…
「その…あなたは中二病患者、なんですか…?」
私のこの真剣な質問は数秒間の沈黙の後、爆笑された。当の本人、執事長さん…龍二さんは大分落ち込んでるし…何この空間。お昼とは全然雰囲気が違う…っ!もしかして私…もしかしなくても危険な状態じゃん!うぅ…おうち帰りたいよぉ…
「そんなものと一緒にするのだけはお止めくださいフロリナ様。…私は、患者などではありません。」
「あの…わ、私、そんな名前じゃないのでっ!そのフロリナとか言う人は誰ですか?私は玲実…のはずなんですけど、人間違いも程々にしてください。私の名前は玲実なんですからっ…あと、魔王というのはファンタジー等で用いられる想像上の生物です。私が魔王?笑い話にもならな…」
「…物分かりないね。その玲実って名前とさっき執事長が見た貴女の右足首のあの紋章。間違いなく、貴女が魔王。…魔王の本当の名は、フロリナ。」
…ワケ分かんない。
「もう帰りたいよ…」
「いけません。やっと見つけた主、そう簡単には逃しません。」
「いや。そもそも私の自由権は何処?私には何も決めることができないの?」
「…もう夜ですので危険でございます。もし帰るのならば一同、お供致します。身の安全を十分にしてから…」
執事長さんは延々と続けるけど…てかお供?この時代に?…さっきから意味分かんない。
なんとしてでも一人で帰ると、意地が出始めてきた。
まずはこの部屋をでる事が一番大事。桐本龍二が今もまだ何か話してる。でも今はそんな事はどうでも良いっ。とりあえず出るぞっ!
私は、辺りを見た。とりあえず、出られそうな場所は二つ。
一つ目は、あのおろおろとした執事さんの近くをすり抜けていく。
二つめは、トイレを装ってトイレの窓から逃げる。いくらなんでも女子なワケだし、其処までは来ない筈…もしくは、この両方を実行するだけど…この場合、両方やったほうが、今までの感じ的に良いかも…
うん。両方やろう。じゃぁ、今からはチャンスを伺わないと。
よし、今だっ。今だけだ。
今、桐本龍二が夢中に話している今しか逃げられないっ。
「あの…ちょ、ちょっとトイレにっ。」
突然大声で言って、猛ダッシュ。途中で捕まるとこれまた不便になるから、あのオロオロしている執事さんの所を通って猛ダッシュ。
「…あっ…ちょっと待ってくださいっ。」
知るかっ!待っていたら、きっとまた捕まる。とりあえず、今は此所から逃げるのを優先しよう。
私は、なんとかこの部屋を抜け出せた。トイレに向かおうとしたけど、この屋敷ひろすぎて何にも解らないからこの店自体からちゃんと出よう。
と、考えていると執事さんがまたあっちこっちから、来そうな気がした。だから、お店のドアへ向かいドアノブを回した。
久しぶりに出た外は、暗かった。一体どんだけ中に居たんだか。ま、こうやって外まで出られたんだからまた玄関でぼぉっとしていないで街に溶け込もうっ!
そしてまたまた猛ダッシュ。
家に帰ろう。きっと心配している。だってお母さんにはこんなに遅くなると伝えてないから。


やっと我が家に着いた。今日はかなり長かったように感じ。はぁ。早くご飯食べたいなぁ…
そんな事を思いながらドアノブに手を掛けた。回してみたけど、鍵が掛かっている。やっぱり遅くなったからかな…
ピンポーン
チャイムを鳴らした。すると、「はーい」というお母さんの声が聞こえた。
「ただいまっ!遅くなってごめんね。」
ガチャッとドアが開くのとほぼ同じタイミングで話した。
「あの…あなた、何処の子供?こんな夜遅くに、なに人の家を尋ねてただいまとか…なに可笑しな事を言ってるの?」
え?今の…私の聞き間違い?でもそんなことって…
「ねぇ、お母さん。どうしちゃったの?…私だよ、玲実だよっ?ねぇ、お母さんってばっ!」
「また変な事言って……ほら、子供は早くお家に帰りなさい。お家の人、心配するわよ?」
「私、この家だよ?お家の人は、お母さんなんだよ?どうしたの?ねぇ。お母さ……」
「いい加減にしなさいっ。大人をからかうんじゃありませんっ。私の子供は、ずっとずっと結実だけよ?」
「違うよっ。結実は別のマンションじゃん。私が我が家とお母さんを間違えるワケがないじゃ…」
「五月蝿いっ。とにかく、もううちを尋ねないで頂戴っ。」
バタン、と閉められた。だけど私は見てしまった。ドアを閉める瞬間のお母さんの何処か切なげな表情。何もかも理解できない。
…でも、今は考え事なんてしたくない……お母さん…どうして?ねぇ、どうしてなの?……お母さんっ。
鼻の奥がツーンとなって。そしたら目が熱くなって。無数の涙がただただ流れた。どうして、結実なの?
もう帰る場所が無いよ…私に、意味が無い。
マンションに居ても、ただ辛くなるだけだ。私は、このマンションを出た。
星は煌めいて。街灯やお店の明かりで街は明るくて。あちこちのお店の中からは、笑い声や掛け声が聞こえて。皆みんな楽しそうで。
なんでこんな時に一人で泣かなくてはいけないのだろう?なんでこんな時に、独りで居ないといけないのだろう?何で…なんで…なんでなんで…?分かんないよ…教えてよっ!ねぇ、お母さん、どうしてなの?どうして…どうして……
「ママ、パパ、美味しかったね。」
小さい男の子が楽しそうに満面の笑みを浮かべて話している。男の子は、お母さんとお父さんに両手を繋いでもらっている。
「あぁ。美味しかったな。」
「ちゃんとパパに『ありがとう』言いなさいよ。」
「うん。パパ、ありがとうっ!」
…とても楽しそうな会話が私を襲った。なんでお母さん、私を忘れたんだよ……何時も、隣に居たのに…
こんな所も、辛い。そう感じた私は、此所も去った。
そして向かったのは、公園。公園は人もあまり居なくて街灯も点いていない。少し寂しい雰囲気があった。
小さい時、よく此所で遊んだよな…ブランコでキーキーと音を鳴らして、すぐにすべり台に向かって…。いっぱい遊んですぐにお腹が空いちゃって。そしたらあのベンチでお母さんと一緒に、おにぎりを食べていたんだっけ…?
私は、あのベンチに座って星を見た。少し泣き止んでいたのに、また涙が溢れてきた。独り、暗闇で。

どれぐらい泣いたのだろう。気付くと空は明るく、公園では小さい子たちが遊んでいた。
泣いていた私は気付いたら寝ていた。そして起きたらこの状態。…記憶はあやふや。頭はふらふらする。
やっとで思い出したのは、今日は月曜日。学校がある日。…学校行かなきゃ…
家に帰ろうとしてもお母さんは私を覚えていない。だから制服で行く事ができない。という事で私は、私服で行く事にした。

歩いてようやく学校についた。私は昨日からずっと何も食べていない。お腹は、もう限界を越えている。
校門を潜り、職員室に向かう。
トントン
軽快に鳴った。気分は軽快じゃないけど。
「失礼します。2ーS、黒杜玲実です。少し事情で、遅れたり、制服じゃなくて、すいません。」
ガラッと開いた。すると、不思議そうな顔をした先生。
「…?何を言っているんだ、君は?2ーSにはそんな人、居ないじゃないか。」
……え?…此所も?
「君、学校は?中学生ならば、学校に行くべきだぞ?ここで油を売るんなら、さっさと自分の学校へ行きなさい。」
……もう、嫌・・・ていうか、も、ダメ……
バタン、と倒れた。

もう、こんな世界、私が居なくても良い。
…私が、

居ない方が良い。

初めて思った。