「田辺。」
「…どうしたん、すっち?」
口調は優しいが、田辺の声は怒りに満ちていた。きっと今から僕の言う事が解っているのだろう。
「聞きたいこと、あります。時間を頂けますか?」
「雑務は良いの?」
「僕の雑務はこれですから。」
「…解った。でも場所動かそう。」
そう言って田辺は歩き始めた。
一つの応接室が開いていたからそこに入った。そして、誰も入れないよう鍵をしめた。
「聞きたいことって何なん?」
「お嬢様のこと、です。」
「そんなの解っとるって。せやなくて、どんな事なん?」
「何故、嘘を付いたのですか?魔王様がクラスメイトであると知らないのに、魔界の彼女を覚えていたのですか?…矛盾しています。」
「…何時の間にそんなエラい事言える立場になった?」
……
田辺の顔は笑ってる。でも声は一ミリも笑ってない。寧ろ怒ってる。確かにそうだ。僕なんて…こうして隣にいるのさえ恐縮しないといけないような立場なのに……でも、聞いておきたい。どうして嘘を付いたのか、此処で田辺に従ったら…更に聞き辛くなってしまう。だったらしっかりと今、聞かないとっ!
頑張るんだ、僕っ!何時やるの、今でしょ!の人だってそう思ってくれてる筈だ。
「…特別に最初に言ってきた鈴木には教えといたる。」
今、すっちと呼ばなかった。これは…多分、田辺の本当の…。
田辺は、冷淡なとても冷たい声でポツリと言った。
「…少しだけ、独り占めにしておきたかった。…同じ中学に行って、初めて会ったときにはもう魔王だって気付いた。でも、彼女は…魔王の『ま』の字も知らないくらい明るくて、優しくて、素敵な人だった。そんな彼女を…眩しい太陽をこんな暗闇に、なんて出来っこなかった。彼女は王女、俺は使用人。何度も諦めようとした。酷い態度を取った事もあった。でも、諦められなかった。あんな酷いことをしても、彼女はずっと真剣に俺に向き合ってくれて…こんな事、初めてで。どんどん好きになってくばかりで…まだ誰にも見せたくなくて……少しでも自分だけが知っておきたくて…。そうしていたらこうなっていた。…玲実、落ち込んでたわ。それに逃げるなんて行動をとっても根はそんな酷くなかった。そして今だとちゃんと受け入れて笑って接してくれる。玲実は可憐な一輪の花やな。綺麗で、優しくて、誰かに認めてもらおうとはしない…」
…気付くと僕は田辺をぎゅっとしていた。そして、僕より小さくスッポリと収まっている田辺の頭を撫でていた。…きっと地雷を踏んだんだろうなぁ、と思っていながらも止めなかった。田辺が辛いなら、少しだけ人の温もりに酔わせてあげたいから。だって僕は辛そうな田辺より笑っている田辺を見ていたいから。
「…同情ならいらへんよ。」
「同情なんかじゃないです。そんな顔だとお嬢様はもっと落ち込むと思います。だから、」
「…もうええわ。ありがとうな、すっち。なんか少しスッキリしたわ。…エラい口叩けるようなってんやな。」
「それは…皮肉と受け取っておきます。」
そう言ってクスッと二人で笑った。