それは、出会いの季節。春だった。

少し、春の暖かさが残るこの時期。温かい風と少し熱い風が混ざりあっていて実に気持ちいい。少し眠くなる。心も気持ちよかった。
ついさっきまでは、の話だが。今はどんより曇った空の下にいる気分。
この前の部活の帰り際に、友達の結実に誘われただけだった。
「私ね、今度の日曜日遊びに行くんだけど、ちょっと付き合ってくれない?」
もちろんオーケーした。そして、楽しみにして来たのに…
「あ、あのね…?し、執事喫茶に付き合ってほしいのっ!」
と、突然言われたワケである。そんな所行くなら、もう少しぐらい予算高くしたのに…と言っても執事喫茶って一回でどのくらいのお金が必要か知らないけど。でもあんまりお金持ってきてないんだよ。通帳あるけどさ…というのが今の私の状態。
どうせ雑貨屋さんだと思っていた私はウィンドウショッピングのつもりでお金を持ってきた。喫茶店なんて行けるかなぁ…?でもいざとなれば通帳から…ってダメだよ。通帳は使ってしまうと後が困る。
それに、今日の結実は何時にも増して可愛いらしい服を着ている。ふんわりとした半袖のワンピース。色は優しそうな雰囲気を漂わせるピンク色。頭には、片隅に白い蝶の飾りのある真っ黒なカチューシャをしている。それに比べて私は紺色のジーンズにフード付きパーカー、という格好。場違いな気がしてならない。
親にも友達と遊ぶとしか伝えてないし…こんなので大丈夫なのかな…?
「玲実ってばどうしたの?そんな暗い顔して…あ、まさかいきなり誘っちゃったから?でもでもっ、何時もみたいに明るく明るくっ!ね、玲実?」
…そーいう気分になれないよぉ…・・・
暫く歩いていると、いきなり結実が立ち止まった。
「あ、ほら…着いた着いた。じゃさ、入ろうよ。」
うん。
と、頷いた時だった。右の足首にとてつもない刺激が走った。
痛い。
一気に顔が歪む。とてつもなく痛かったのは、ほんの一瞬だけ。ほんの一瞬だけだった。でも、後から後からじわじわと痛みが増していく。
「玲実…大丈夫?ちょっとしんどそう」
「…心配しないで、大丈夫だよ。ただ…少し足痛くて…」
「まぁいっぱい歩いたし…。じゃさ、早く入って休も?」
頷いて、また歩き始めた。歩くのはなんとか出来て良かった…

結実がガチャっと扉を開けると、中は落ち着いた雰囲気のお店。少ない音量だけどクラシックも流れていて癒される。
「お帰りなさいませ。」
こんな台詞言われても平然としている結実の今の感じ…相当行き馴れてるぞこれ。
「結実ってさ、常連さん?」
「…常連、というかなんというか……」
…言葉を失う。何も言えない。でも、それなら言葉を濁す必要は無いような…
「お嬢様。何時もの席でよろし……おや。そちらのお嬢様は…」
「玲実。私の友達だよっ!」
執事さんに紹介をする結実。やっぱ楽しそうだなぁ…
私はというと軽く頭を下げるだけだ。
「どうも…っ」
っ。な、何?これ?…痛い……また、同じ場所が痛い。
「…玲実さん、大丈夫でしょうか?席までエスコートさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
え、エスコートっ?いやいやっ。そういうのはどうか結実に…
だってこの人、すらりと細長い体型。執事服をビシッと着こなし、立っているだけで、女性が振り向きそうな立ち姿。顔は頬だけが少しあかく、やさしそうな顔をしている。そして銀のフレームから、ちらと蒼い瞳が見つめている。結実がよく来るのも分かる気がする。そんな人、私じゃなくて結実が隣に居た方が…
ちゃっかり手を差し出してる執事さんに向かって、恥ずかしい私はとりあえず全否定。だってこんなの、どうしたらいいか全く解んない…
「歩け、ます。…っ」
ゆっくりと、そして確実に一歩進んでいく。でも、また歩く度に足首に痛みが走る。痛い。しんどい。だけど私は歩いた。案内された席まで。
やっと席に着いた時はもうしんどくて、テーブルの正面にあったソファに倒れ込んだ。最初に感じた時は、一瞬だった。でも、今はズキズキと痛む。グツグツと中で燃えているかの様だ。ずっと痛みが続いている。痛い…痛い痛い痛い…っ
「玲実っ。大丈夫?…じゃないか…ねぇ、どうしたの?さっきまであんなに元気だったのに…やっぱり……」
「さっきまで元気……っ、…玲実さん、貴女の右足、拝見させて頂きます。」
そう言って、私のジーンズの裾を持った。そしてその裾を持ち上げた。すると、私の足首が見えた。それから、足首に刻まれている模様も。
「止めてくださいっ。これ、自分でもよく解んなくて…その…と、とにかくっ!あまり見ないで下さい…」
あまりに恥ずかしくて足を引っ込めた。別にぶつけたわけでも無い。タトゥをしているわけでも無い。でもマークっていうか、アザっていうか分かんないけど、変な模様がある。
「…やっぱり。」
な、何が?
そう思った時だった。執事さんが指をパチンと鳴らした。すると奥の部屋から一人、執事さんが出て来た。透き通った鼻筋に白色の肌。片目が少し隠れていて、不思議な雰囲気もやや出ている。
そんな執事さんは、私を、だ、抱き抱えたぁ?!
「え?ちょっ……ちょっとっ。な、何やってるんですかぁ?!」
「…少し奥へ。」
そう言われ、すぐに退場。
「ゆ、結実が一人になっちゃう」
「…そういう事より、自分の心配を先に。」
自分の心配?なにそれ?
そんな事を思っているうちに、私は退場。
「玲実様は…」
「うん…」
そんな声が、遠くで聞こえた。でも、痛みの方が強くて私は抱き抱えられた腕の中で瞳を閉じた。